こっちもナイショ



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12件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[12] (無題)

投稿者: 銀朱 投稿日:2015年 3月 7日(土)08時15分14秒 FLH1Aaw144.ngs.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

「今日も特に大きな動きはなし、かぁ」

俺が人間界へインキュバスとして降りてきてからそろそろ一ヶ月がたとうとしている。

人間界の飯、にも結構慣れたし(下手すると魔界の飯より美味いしな)気楽に魔力が使えない代わりに結構便利なものが揃っているから快適に生活するという点では特に問題もない。

「シーザーちゃん、変な動きはあった?」

風呂に入ってきたらしいJOJOが濡れた髪をそのままに後ろから俺に抱きついてきた。

「さっさと髪を拭け、JOJO。俺まで濡れるだろうが」

「面倒くさいんだもーん。シーザーちゃん、乾かしてよ」

「……何で俺がお前の面倒を見なきゃいけないんだ」

インキュバスになった俺を、よくわからないが自分の専属だと傍に置いているのはJOJOだ。そもそも淫魔に専属という制度はないと何度説得してもそういう約束をしただろうと拗ねるし不貞腐れるので俺が折れた形でこいつの傍にいる。

ついでに現在は一応同居している形になっているので、エクソシストとして以外ならかなり最低に近いレベルで何も出来ないJOJOの面倒を見るのも俺の役目になってしまった。

魔族はクラスがあがるごとに見た目の美しさがあがるが、それは人間を誑かす力に関係している。俺の場合は生まれながらの金髪碧眼、魔族としては最上級の力を持っているので当然見た目もそれほど悪くない。淫魔をしているのは戦闘にそれほど興味が無い俺の性格と、俺を人間界に置いておきたいJOJOのお互いの利害の一致でそうなっているだけだ。

そんな俺が人間の面倒を見るなんて……本当に、もう。

濡れた髪をタオルを使ってかきまわしてやると、JOJOは甘えたように俺の腰に手を回して俺を自分の膝に座らせようとソファーに腰を下ろした。確かにこのほうが拭きやすいけどそうまでして俺に面倒見せたいのか、と呆れる気も勿論ある。

まぁそこを尋ねたところで、勿論面倒を見て欲しいと力説されるだけなので聞かないけど。

「それで、何か変な動きはあったの?シーザーちゃん。さっきから鏡覗いてたみたいだし、魔界と話してたんでしょ?」

「気がついてたのか……こないだ話しただろ?俺たち魔族を呼び出しては使い捨てにするという人間の話」

「うん」

「下っ端のやつらは大体いつもそんな感じだったから別として、普通は俺みたいに人間の言葉を話せるような中級以上のクラスの魔族は、そんなに簡単に呼び出せないし裏切れないんだ。こっちも呼び出されればそれなりの見返りを求めるし人間側が裏切ればそれなりのペナルティを与えるし?」

「そうだね、魔族との契約は難しいからな」

エクソシストとして、魔族と契約失敗したバカな人間のケースはいくらでも知ってるんだろう。JOJOの表情に苦笑が浮かぶ。

濡れた黒髪が少しずつ乾いてきたのを感じると、今度は少し癖のある髪をできるだけ大人しくさせるように俺は櫛を使って梳いていく。

「ところが、最近は中級クラスの魔族を気楽に呼び出した上に力を行使させ、約束したものを渡さずに消滅させてしまうようなケースがいくつかあるらしいんだ。らしい、っていうのは、消滅させられてしまうから実際に被害にあった魔族から直接話が聞けないって理由なんだけどな」

「呼び出した挙句にその力を行使し、約束を守らずに消滅させる、か……まぁ俺は人間だし魔族を滅ぼすエクソシストだけど、ちょっと人としてどうなのって気はするな」

でもそんなことより何より。

JOJOは真剣な顔で俺をじっと見つめる。

「……シーザーちゃんも、いつ呼ばれるかわからないんだよね?」

「まぁ、俺も一応中級以上の魔族っていうくくりに入ってるだろうからな」

今のところ、呼びだされ消滅させられたらしい魔族の中に共通点は発見されていない。つまり呼び出してるやつは、誰を呼びだそうとか考えずに呪文を唱えてたまたま引っかかった魔族がそれに呼び出されて利用され消滅させられる、という図式だ。

本当にそこに共通点がまったくないのなら、次の瞬間に呼び出しを食らうのが俺という可能性もなくはない。

俺がインキュバスになってJOJOの元に戻りこの状況を説明したとき、JOJOは「何でそんな大変なことを言わなかったんだ」と大騒ぎした。

だから俺は思いっきりこいつの頭をひっぱたいたんだ。もともと緊急事態だからお前のところに来た、と俺は言ったぞ、と。

そして今となっては魔界の連中や俺以上に、JOJOは今の状態を憂慮して秩序を乱している人間を何とかしたいと思っているっぽい。

まぁ、せっかく俺を専属のインキュバスとして人間界に下ろしたのにいつ居なくなるかはワカリマセン、じゃこいつも納得いかないだろうな。

「それで、魔界のほうではなにか対策取れないの?シーザーちゃん」

「とりあえず人間界に探りを入れるために何人か降りてきてるらしいな。まぁ俺も、人間界の情報が集まれば報告して欲しい、って頼まれてる」

「そいつらの魔族としてのレベルは?」

「一応、戦闘系のやつらが殆どみたいだ。いざとなったら無理やり消滅させられる仲間を力ずくで解放してその人間を潰すため、だからな」

「そちらさんにも早めに魔界に戻ってもらわないと、俺としては困るなぁ」

ま、エクソシストとしてはそうだろうな。

要するに、今の状態は魔族の俺としても人間でありエクソシストのJOJOとしても歓迎できる状態ではないってことだ。しかも恐らくたった一人の人間の、身勝手極まりない振る舞いのために。

魔族の力を利用したい人間は昔から多いし、魔族はその魂や寿命を引き換えにして力を貸すことで人間との力関係を維持してきた。でもそれを一方的に破棄されれば、俺たち魔族も黙って人間のいうことを聞く気はない。

髪が乾いたぞ、とJOJOの髪を軽く指で触れるとありがとう、とJOJOはしっかりと俺の身体を抱いたまま俺をソファーに押し倒した。

こうやって触れ合うのもいずれ俺を慣らすためらしく、俺が嫌がると説教してくるので諦めて俺はJOJOの好きなようにさせる。

何度か俺の頬や鼻先に口付けたあと、JOJOは今日の分、と囁いてから唇を重ねあわせた。俺が少し唇を開くと、そこから波紋を混ぜた唾液を少しずつ流し込んでくる。

毎日、JOJOは俺にこうやって波紋を混ぜた唾液を与えてくる。

こいつの波紋は聖なる祝福を持っているから俺の身体には少し合わないけど、それでも毎日貰っていれば自然と耐性がつくらしく今の俺はそれほど痛みや不快感を感じることはない。

何度か角度を変えて唇を重ねなおしてから、JOJOは今度は俺の指をゆっくりと自分の唇に押し当てた。

これは痛いからあんまり好きじゃないけど、それでも俺が力を抜くのを待ってから指先に少し歯を立てて血を滲ませ、俺の血を少しだけ吸い上げる。

人間は魔族の血を体内に入れれば一時的にかなり強い力を得ることができる。だからJOJOは大きな仕事をするときは俺の血を少しだけ欲しがるけど、魔族の血なんて人間にいい影響を及ぼすはずもないし俺は未だに反対してる。

「ごめんね、痛い?シーザー」

「……ちょっとな」

痛みなんかより、魔族の血を身体に取り込むことによってJOJOの身体が穢れていくんじゃないかということが俺は嫌だ。

JOJOいわく、エクソシストの力を利用すれば穢れは消せるから大丈夫らしいけど……。

それでも俺は、魔族としてはかなり特殊だ。天界魔界の2つの世界の力を使いこなせると言われる(俺に自覚はないけど)特殊な存在である俺の血なんて、普通の魔族の穢れとはまた違う気もする。

まぁ俺が嫌がったところで聞いてくれるJOJOではないし、積極的に俺が協力したくないといったら指だけ貸して、と俺の指に勝手に噛み付いて自分で吸うようなやつなんであんまり心配しても意味が無い気はするけどな。






[11] (無題)

投稿者: 銀朱 投稿日:2015年 3月 7日(土)05時16分52秒 FLH1Aaw144.ngs.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

「えー、俺を襲いに来てくれたんじゃないのォ?」

俺の訪問の目的の一部を聞いたJOJOの第一声はコレだった。

わかってはいたけど自分の欲望ありのままの声に俺は全力で頭をひっぱたきたくなるが今回はこっちが用があって出てきた立場だ、溜息一つで説得を試みることにする。

「だから、それどころじゃない状況だから手助けしろっていってんだよ、JOJO」

「それが人に手助け頼むときの態度~?やだ、絶対やだ」

「一応お前を頼ってきたんですけど、これでも」

「シーザーちゃんの処女を貰って欲しいって用事以外で頼られるつもりはないもーん」

ぴく。

俺の眉間が小刻みに震え始める。

こっちが下手に出てればいい度胸だ。

「わかった、じゃあ帰るわ」

あっさりと俺は背中を向けると何もない空間を手で軽く引き裂き魔界への扉を創りだした。これをくぐればすぐに戻れるんだけど普段の俺はゆっくりと闇に溶けてJOJOとの別れを俺なりに伸ばしている。それに気がついたのか「シーザーちゃん?」なんて声がかかるが知ったことか。

「あ、そうだ。俺、今回の件で武装もしくは戦闘系の転職させられそうなんで今までみたいにひょいひょいこっちには来られないわ」

「え、ちょ……」

「これでも金髪碧眼だからな、そっち系いけば速攻で『魔族としての罪』を重ねて次にこっち来るときにはエクソシスト呼び放題……お前以外のエクソシストに出会っちまうかもなー?」

「……」

「ま、そのときはインキュバスの端くれだし?上級魔族だからこのルックスだし?そいつを誘惑して何とか……」

「……とりあえずその魔界への扉、消してから話そうか、シーザーちゃん」

深い深い溜息をつくJOJOに、俺は軽く手を動かして扉を消滅させた。

近づいてきて俺の腕を掴むJOJOにも逆らわず好きにさせる。

俺の身体をぎゅっと抱いたJOJOは、そのままソファーに座り込んで俺の身体を膝の上に乗せてじっと顔を覗きこむ。

「……卑怯だぞ、俺がシーザーを他のやつに渡せないことくらいわかってるくせに」

「こっちも緊急事態だっていってるだろーーーそれにさっき言ったことはあながち嘘じゃない。俺ら魔族が組織的に動くことはめったにないけど、今起こっている事態は本当にちょっと変で。このまま手のうちようがなければこっちも自衛のために多少なり組織的に動くことになりかねないんだ」

「そうなるとシーザーちゃんはインキュバスになりたいなんて言ってる場合じゃなくなる?」

「そうだな。俺がまだ試練をパスしないことでいろいろ言われてるのは確かだし。インキュバスに適性がないのは事実なんだからさっさと戦闘系の職につかせろって引き抜きがあるのも事実だからな」

本来、魔界にごくたまに生まれる金髪碧眼の悪魔は純粋たる力の象徴と言われている。

その力をまんべんなく行使するなら、それはもう戦闘系武装系といわれる職へついたほうがいい。

元々淫魔を希望した時点からそれは言われていることだし、このままおかしな事態が続けば俺の意思に関係なく戦いに巻き込まれる可能性はかなり高い。

俺の説明に珍しく真剣に耳を傾けたJOJOは暫く口を噤んで考え込んでいた。

まぁこいつだって一応人間だし?人間が行うことで俺たち魔族が迷惑してるからといって俺に手を貸すいわれなんか全くない。

しかもエクソシストとして考えれば、魔族が迷惑しているのはむしろいいことだという判断もできる。

「……一つ確認したいんだけど」

沈黙を破り、JOJOはゆっくりと口を開いた。

「なんだよ?JOJO」

「魔族は自分の職を決めれば、その職によってはかなり長時間人間界にいられるよね?」

「え?あぁ、まぁそうだな」

「インキュバスって、その長く人間界に居られる職になるよね?」

「は?……まぁ正確に言えば、人間界にずっと居られるというより時々魔界に顔を出しながら人間界で仕事をするだけだけどな」

俺みたいに『ずっと魔界にいると確実に戦闘系にさせられるので人間界に逃げていたい』という魔族にはぴったりの職業だ、インキュバスは。

JOJOの言いたいことがさっぱりわからない俺は何を言いたいのか、とJOJOの真剣な表情をじっと見つめた。

珍しく真顔のまま俺を見つめているJOJOが俺の両腕をしっかりと掴む。

「シーザーちゃん」

「……なんだよ」

「今回その緊急事態の手伝いをする代わりに条件がある」

「……条件によっては話を聞く」

「シーザーちゃんがインキュバスになること」

は?

いや、それは元々俺はなりたいんでいいけど。

と言いかけて俺は事態が飲み込め徐々に顔が青くなっていく。

インキュバスになるためには、男の精液をもらう試練をパスしなければいけない。

俺は元々サキュバスになりたいから一度だけ、何とかそれをごまかせればあとは女の子とイチャイチャしながらまったり生活するつもりだった。

その俺に、サキュバスを諦めてインキュバスになれ、ってことは……。

「……俺に、今後ずっと男相手の淫魔をやれ、ってことか」

ぼそ、と呟く俺の身体をぎゅっとJOJOが抱きしめる。

「勿論、俺専用のインキュバスにね。俺以外の男から精液を貰うことは考えさせない」

「……誰から貰おうと俺が男相手に精液を貰うって生活には変わらないだろ」

「俺はシーザーちゃんが慣れるまでは無理させないって誓う。最初から俺に身体開けなんて言わないし、すぐに必要だというならとりあえず一番楽な方法でシーザーちゃんの試練をパスさせてあげる。その後の仕事も、シーザーちゃんがほんとに困ったり嫌がったりするようなことは絶対にしないしさせない」

別に淫魔っていうのは不特定多数の相手から精液を絞れという規程はなかったとは思う。だけどターゲットの人間と契約を結んでそいつからしか精液を貰わない、なんて話は聞いたことがない。

そもそもこいつはエクソシストだろう。俺が近くをうろうろしてれば、一般人にはバレなくても同業者や魔族から見れば俺の正体なんて丸わかりだ。自分の評判に係る問題だぞ。

黙りこむ俺に、JOJOは抱きしめた背中をゆっくりと撫でてくれる。

「エクソシストなんて辞めてもいいよ、俺。シーザーちゃんがいてくれればそれでいい」

「……そんなんで食っていけるのかよ、JOJO。お前にだって食っていくための職業は必要だろ」

「教会に所属しなくてもいいってこと。フリーのトラブルバスターでもいい、俺の力を必要としてる人間は結構いるから教会にいなくたって食っていける。教会を離れれば、俺がインキュバスと一緒にいたって問題ないだろ」

「人間として十分に問題あるけどな、普通」

そもそもインキュバスに継続的に襲われたい人間なんて聞いたことない。

俺の言葉に、まぁそれはしょうがないよねとJOJOがにっこり笑ってくれる。

本当に男前の顔立ちをしているこいつは、多分自分で意識的にコミカルな三枚目の表情をかぶっている。そのほうがきっと周りを油断させられるし好まれるから。

でも時々真剣になると、本当に綺麗な顔立ちで……透き通った、きれいな青い目をしている。魔族の俺は相手が嘘をつけば簡単に見破れるけど、そんな嘘を浮かべることなどないのかもしれないと思うほどに綺麗な澄んだ青。

……本当は、いつかインキュバスの試練を本気で乗り越えるならこいつが俺の相手をしてくれるといいと思っていた。

まさか専属のインキュバスになれなんて言われるとは思ってなかったけど。そもそも魔族の職業に『専属』っていうのはない。

「……インキュバスの試練、どうやってパスさせる気なんだ」

俺の質問に、JOJOはキラキラ目を輝かせながらそうだなぁ、と俺をぎゅむぎゅむし始めた。

「最初っからシーザーちゃんに突っ込んでイくのは楽しそうだけど、そんなことしたら速攻で魔界に帰って二度と戻ってきてくれないよね?」

「当たり前だ」

「それに今回はすげぇ緊急事態だし、俺としてはとにかく一刻も早くシーザーちゃんをインキュバスにしたい。それからそのトラブルとかいうのを解決する」

「……俺をインキュバスにさせるのが先なのか」

「だって先にトラブル解決っていったらいつになるかわからないし?毎朝シーザーちゃんが魔界に帰るのは嫌だもん」

だからぁ、と暫く考え込んでいたJOJOは、じゃあこうしよう、と俺の顔を覗きこんできた。

「俺の精液、顔とお口と身体のどこにかけられたい?」

「……牛乳をくれ」

「えー。だって牛乳あげたらシーザーちゃんは俺の味、覚えないでしょ?」

「……その代わり、俺の身体に触れていい」

本当に究極の選択だったけど、俺の提案にぴくっとJOJOは反応した。

俺の真意を見極めるようじっと目を見てから、俺をゆっくりと膝の上から下ろす。

ちょっと待ってて、と口付けて俺の傍を離れたJOJOが隣の部屋から持ってきたものは……小さな瓶に入った牛乳だ。

「JOJO?」

「シーザーちゃんが自分の身体に触れてもいいから、っていう条件を出すくらいの緊急事態、なんだろ?」

「……あぁ」

「さっさとインキュバスになって、俺のところに戻っておいで。シーザーちゃんの身体はそれからゆっくり触らせてもらうから」

早く戻ってね。

俺が戻ることを何の躊躇いもなく信じるJOJOに、俺は小さく溜息をつくと自分がいつも身につけているバンダナを外した。

JOJOの手にそれを引っ掛け、くるくると巻いてやる。

「……シーザーちゃん?」

「魔族と契約なんて結ぶとお前の寿命を縮めるけど、俺がものを渡すこっちの方法なら大丈夫……俺が戻ったら違うものやるけど、今はこれで我慢してろ」

「……いいの?」

「俺が戻ってこなかったら、呼び出しのための魔法陣の中心にこれを置けば俺が望む望まないにかかわらず呼び出せるから……魔法陣くらい書けるんだろうな?」

「そりゃまぁ……ありがとうね、シーザーちゃん」

「約束は約束、だからな」

元々何とかして欲しいと頼ったのは俺のほう。条件を飲んでくれた上に、俺をさっさと転職させたいっていいながら俺に負担をかけないように牛乳を渡してくれた。押し倒してメチャクチャにすることだってできるのに、エクソシストのくせに。

俺は空間に手を振るとまた魔界への扉を創りだした。

すぐに戻るから今回はここに固定しておく。JOJOが魔界へ来ることはできないけど、俺がJOJOのいるこの部屋に戻るためにはこれが一番早い。

扉の色が違うから一回きりの使い捨ての扉じゃないことに気がついたんだろう、JOJOが幸せ~とハートマークを飛ばしながら俺に抱きついてくる。

「シーザーちゃあああん、愛してるぅううう」

「うるさい、牛乳が溢れてなくなったら試練にパスできなくなるぞ」

「まだ冷蔵庫に山ほどあるから大丈夫!」

「じゃあこれからも牛乳をくれればいい」

「それはナイナイ。牛乳あげるのは今回だけ~」

ニコニコ笑うJOJOの足をおもいっきり蹴り飛ばしてから、俺は身体を離して扉へと手を掛ける。

JOJOも、今回は名残惜しそうに俺の手を握ったり抱きしめたりせずに笑顔のまま見送ってくれる。

「じゃあいってくる」

「いってらっしゃい、シーザーちゃん。早く戻っておいで」

「……わかってる」

早く戻って、って言葉に俺が応えたのも初めて。

それに気がついたらしいJOJOが感動のあまり涙ぐみそうになっているのを見ながら、俺はさっさと扉を開いて中へ飛び込む。

まったく、魔界のおかしな状況を打破するためとはいえ俺がインキュバス……しかもJOJO専属の、か。

っと、今はそんな感傷を持つ暇も惜しい。さっさとインキュバスになってJOJOの傍に戻らないと。あいつに手を貸させて事態を何とかしないと、人間界にも魔界にもあまりいい状態にならなくなる。

俺は一気にスピードをあげて魔界へと戻っていった。



[10] 後篇

投稿者: 銀朱 投稿日:2015年 2月10日(火)18時23分18秒 FLH1Aay036.ngs.mesh.ad.jp  通報   返信・引用   編集済

***国広目線***


「国広くん、起きているかな?」

「あ、光忠さん!大倶利伽羅さんもいらっしゃい」

光忠さんと大倶利伽羅さんは、一日の仕事が終わったらどんな時間になっても必ずぼくの病室に来てくれている。

今日ももうすぐ日付が変わるような時間だけど、それでも光忠さんの手作りのご飯を持って顔を出してくれてぼくはいつもありがとうございます、とにっこり笑ってその美味しそうなお弁当を受け取る。

「兼定の具合はどう?」

「大丈夫ですよ、今日はもう眠っています」

ぼくの隣にもう一つベッドがあるけど、そこではなくぼくのベッドに入り込んでぼくの傍で寝ているのは兼さん。

起こしますか?とお2人に聞くと起こさなくていい、というので兼さんの髪をぽんぽんと撫でて毛布をかけなおしてからぼくはお二人の方へ向き直る。

「国広くんの目が覚めたと思ったら、今度は兼定が倒れるなんてね……」

「ごめんなさい、光忠さんたちには二重に心配をかけてしまって」

「君が謝ることじゃないでしょ。それに、わからないでもないからね……」

ぼくよりも倒れた兼さんよりも、光忠さんやぼくらを無言で見ている大倶利伽羅さんのほうがとても辛そうな顔をしている。

兼さんが迎えに来てくれ、病室で一緒に眠った次の日。

ぼくの様子を見に来てぼくが目を覚ましたことに気がついたお医者さんは、精密検査するからとぼくを病室の外へ連れだした。多分時間は30分もかからなかったと思う。

ぼくがいない間に兼さんは目を覚ましてしまい、大きな音と共にぼくが駆けつけたときには刀を抜いて病室から飛び出そうとしていた。

「……兼さんが、すぐに駆けつけられない中ずっとぼくを心配して、ぼくがもう目を覚まさないかも、ぼくがもう兼さんの前からいなくなるかもって苦しんでたのを想像できたはずなのに、あのとき安易に席を外してしまいました。ぼくの責任です」

「医者の検査を受けにいってただけだろう、お前は」

「ギリギリまで追い詰められた状態の兼さんに、そんな判断がつかないのは当然なんです……ぼくがもっとしっかりしておけば、こんなに兼さんを苦しめずに済んだのに」

危ないからとみんなに出ていってもらって病室の扉に内側から鍵をかけ、ぼくは自分の刀を抜いて兼さんと向かい合った。

ぼくよりリーチが長い分、力任せに振り回されただけでも近づけなくなるからぼくも刀を抜くしかなかった。

荒々しい息遣いと不揃いの髪を振り乱して全てを憎むような目で睨みつけるその目は、まるで人ではなく鬼の目。すべてを失い、自分を破壊するまで暴れようとしている大きな傷を負った鬼。

そんな状態じゃなくたって元々ぼくよりずっと強い人だから苦戦するかと思ったけど、理性を失って暴れているだけの兼さんはいつもより力は強くてもすぐに太刀筋を読むことが出来て。

兼さんの刀を飛ばして手放させ、まだ暴れる兼さんにぼくが居ることをわからせるまで時間でいえばほんの数分だったかもしれない。

ぼくに気がつき、しがみついて声をあげて泣き出した兼さんが泣き疲れてぼくの腕の中で眠るまで待ってから、ぼくは医者ではなく光忠さんに連絡した。

状況を把握した光忠さんは全ての仕事を放り出して駆けつけてくれて、兼さんの状態を医者と話し合ってぼくらの部屋を新しく準備させて。

結局兼さんは過労と睡眠不足による意識の混濁、判断能力の一時的な低下という形で戦場以外で刀を抜いたことを不問にしてもらえた。

「兼定は、少しは落ち着いたのか?」

大倶利伽羅さんの言葉に、ぼくははい、と頷く。

「今はだいぶ良くなりました。ぼくが居れば落ち着いてるし、あれ以来特に理性を失ったりすることもないし」

「医者は、何と言ってる」

「あとは時間をかけて兼さんが落ち着くのを待つしかない、って。体力的なものはほぼ治ったみたいだし、ぼくが傍を離れるときにはできるだけ兼さんにその事情を話してから離れるようにして慣れてもらうしかないと言われましたーーーまぁもう離れる気は全くないんですけど」

こんなに脆く、ぼくをどうしようもなく必要としてくれている人から離れることなんてとても考えられないから。

兼さんの髪を撫でながら笑うぼくに、光忠さんは小さく笑い声をたてた。

「なんだか落ち着いてるね、国広くん。変な話だけど、なんだか嬉しそうにも見える」

「そうですね、ぼくは嬉しいのかもしれません。だってこれで兼さんと離れなくて済みますから」

ただ恋人だからではなく、兼さんが暴れだしてしまうからという理由はぼくにとっては少しだけ都合がいい。

ぼくらがずっと一緒にいる言い訳に、医学的な理由をくっつけられて周りを納得させやすいから。

ぼくの言葉に、大倶利伽羅さんは強いな、と一言呟く。

「どんなマイナスな出来事があっても、それを理由にして更に求め合うか。お前はとても柔軟でしなやかな強さがあるな、国広……兼定によく似てきた」

「夫婦ですから当然です……それより、明日からの任務はどうなりました?」

ぼくと兼さんに明日から任務に復帰できないかという相談が来たのは今朝早くだった。

兼さんがぼくに任せる、というので、ぼくは少しだけ時間を貰っていろいろ考え、復帰の条件をつけさせてもらった。

大倶利伽羅さんはきっと、その答えを持ってきているのだろう。

ぼくがそれを聞こうとしたとき、不意に兼さんの手がぼくの腕を掴んだ。俺にも聞かせろ、と布団から身体を起こして眠そうに欠伸をする。

「起きてたの?兼さん」

「人の気配がすることくらい寝ていてもわかる。その気配に馴染みがあるんでほっといたが、明日からのことなら俺も聞きてぇ」

以前と変わらない兼さんの口調は、だけどぼくの体温を求めてぼくの肩に頭を預ける。

その頭をぽんぽんと叩いてから、ぼくはもう一度大倶利伽羅さんのほうへ向き直った。

そんなぼくらを見て大倶利伽羅さんは書類を光忠さんに渡し、自分はぼくらから少し離れて壁に身体を凭れ掛からせる。

「それじゃ、僕が代わって説明するよーーーまず任務だけど、希望通り原則として国広くんと兼定は同じ部隊で動いてもらう。原則として、といったのは、本丸で有事のために待機する順番が回ってきたとき、状況によっては2人一緒に動けないことも有り得るかなと思ったんだけど」

「それくらいは大丈夫ですよ。お互いが常にサポートできる距離でいられるのなら」

「ありがとう……もう一つの条件だけど、そちらも希望通りみんなに全て話して了解を取り付けてきた」

「ありがとうございます、手間を取らせました」

ぼくが復活するにあたって、先に兼さんが出していた条件を全て飲んで欲しい、というのが大倶利伽羅さんに出したぼくの希望だった。

ぼくと兼さんが一緒の部隊で戦うこと。

そしてそれをみんなが納得してくれること。

一緒に任務にあたるみんなが納得できないということなら、ぼくらはこのまま前線には復帰せず後方支援と新人育成にあたる。

部隊をやめる、なんて兼さんは言ったけど、そんなことしたってぼくらにも大倶利伽羅さんたちにもメリットは何一つないから。

感謝を口にして頭を下げるぼくに、光忠さんは苦笑を浮かべて首を横に振った。

「みんなの反対は一切なし、というか、どちらかといえば2人が戻ってきてくれるのならそんな条件くらい歓迎する、という感じだったよ。勿論、大倶利伽羅と僕も同じ意見なんだけどね」

「……そんなに切迫しているんですか?」

ぼくの声にそうだね、と苦笑しながら光忠さんが肩を竦める。

「部隊に必ず脇差、打刀クラスの人間が入らなければいけない、と本部が決めたのは何もバランスを取りたいとかそういうものじゃない。身体の小ささや素早さを武器にするこのクラスの子たちが中に入ることで、敵に早めに気がつくことが出来たり攻撃力としてはあまりあてにならなくても他のやつらの攻撃をサポートすることができたり、いろんな利点があるんだ」

「はい」

「だけど実際問題として判断するなら、彼らの体力では敵からの一撃に耐え切れずに大怪我をすることも少なくない。国広くんみたいに前線に出て僕らと一緒に戦う、なんてことはすごく難しくて、ただ一緒についてくるだけなら戦力にならない人間を連れていくより力で押し切ったほうが早い、という意見も出てくる始末でね」

それもよくわかります……とぼくは実際に何度も戦ってきた自分の経験からその意見に同意する。

「下の子たちにしてみれば、いきなり命の危険に晒されるような場所に連れていかれた上に役に立たないと文句を言われるくらいなら内勤でもやってのんびりしていたほうがマシっていう意見も出てきたりしてるし、これ以上国広くんを実戦から外しておけない、というのが大倶利伽羅とぼくの意見だよ」

上に立つっていうのは本当に大変なんだな。

いろんな立場の人からいろんなことを言われているらしい光忠さんを見つめていると「君らの復帰をみんなが望むもう一つの理由があってね」と小さく笑って光忠さんがぼくに頭を凭れかけている兼さんのほうへ目を向けた。

「一緒に戦えなくなって改めて実感した、という意見が多いんだけど、兼定の派手で陽気で強気な戦い方というのは、見ていてとても力が湧くものらしいんだ。戦力としてだけなら他に代われる人間はいるけど、兼定が前線で敵を蹴散らしているのは確かに派手だし見ていて楽しいからね」

「……俺は道化ているつもりはねぇぞ、光忠」

「わかっているよ。君がそれを状況に応じて使い分けていることもね?だからこそみんながそれを見ていたいってことだよ」

ちょっとだけ拗ねている兼さんの頭を撫でながら、ぼくは何となくみんなの意見がわかる気がして笑ってしまった。

ぼくと兼さんは、外見からは判断しづらいかもしれないけど実は役割が全く逆。

ぼくは実戦の中で、自分の身体の利点を活かして攻撃力として部隊に貢献する。

兼さんはその実力もさることながら、自分が派手に敵をぶちのめすところをみんなに見せることで部隊の雰囲気を変えて勝利を確信させ、それを手に入れさせる。

要するに兼さんは、実戦の役にも立つけどそれ以上にみんなの精神的な支えになる、いわゆる勝利のためのお守り的な存在なんだと思う。

「それで、明日は何処へいくんですか?」

場所によっては早めに部屋に戻ってちゃんと準備をしたいと思って何気なく聞いたぼくの質問に、光忠さんはちらっと大倶利伽羅さんのほうを見た。

促された大倶利伽羅さんが口にした場所は、本丸からそれほど遠くはないけど少しハードな戦いが予想される場所。

復帰してすぐに向かうにはあまり相応しくない気がするんだけど……。

ぼくが首を傾げていると大倶利伽羅さんが第二部隊第三部隊も一緒にいく、とぼそっと付け加える。

「……え?そんなにすごい敵がいるんですか?あそこ」

「お前らの復帰戦に一緒に行きたいという連中が多すぎて第一部隊だけではまとまらなかったんで、第二第三に分かれて一緒にいくことになった」

「……はぁ」

嬉しいとは思うけど、みんな騒ぎすぎのような……。

大倶利伽羅さんの仏頂面と光忠さんの苦笑を見ながら、本当に大変な調整をしてくれたんだろうな、とぼくは思わずぺこりと頭を下げてしまった。

部隊に復帰したてのぼくと兼さんが入る第一部隊だけでは確かにちょっとだけハードなんだけど。

第二部隊と第三部隊が一緒にいけば、戦力が余りすぎて今度はただの散歩くらいにしかならないと思うけど……。

あ。

「ねぇ、そんなに人数が多いんならぼくのクラスの新人の子を連れて一緒に見学してもらったらどうですか?」

ふと思いついて口にしたぼくの提案に、大倶利伽羅さんと光忠さんは驚いたようにぼくを見た。

「バカ言え。攻撃を回避することができるかどうかもわからねぇガキどもを連れて実戦なんかできるか」

ぼくに頭を預けながら反対する兼さんの呆れたような口調に2人も頷く。

だけど、みんな忘れているよね。

「ぼくだって、ちょっと前まではそうだったんですよ?」

にっこり笑ってぼくは大倶利伽羅さんのほうへと目をやった。

「大倶利伽羅さんは、ぼくに狙いをつけそうな敵を見つけてはそいつらがぼくに近づく前に排除して、ぼくに攻撃が一気に向かないよう助けてくれていましたよね」

次は光忠さん。

「光忠さんは、ぼくが攻撃に失敗してもすぐにぼくに声をかけて、ぼくが落ち込まないように、次の戦いでうまくやれるように、戦いの最中でも細かくぼくにアドバイスしてくれました」

そして、兼さん。

「兼さんは、最初にぼくの特性を活かして突っ込んでいくことを教えてくれた人。まずはやってみろってぼくと一緒に走って実際に先制攻撃をさせて、ぼくが撃ち漏らした敵を自分が始末して、ぼくが一人で戦うわけじゃないこと、必ずぼくをサポートする仲間がいることをその刀で教えてくれました」

三人はそれぞれ少し戸惑っているようだけど。

「そうやって実戦の中でぼくを育てて一人前の武人にしてくれたのは、みなさんじゃないですか」

だったら、今度は新人たちを他のみんなで育てていけばいい。

この三人がぼくを育てたように、きっとぼくのように育つ子たちも出てくるから。

年長者三人は、予測もしていなかったらしいぼくの言葉に暫く互いの顔を見合わせて黙り込んでいた。

そして不意に大倶利伽羅さんが「光忠、戻るぞ」と光忠さんのことを呼ぶ。

「戻る、って、いきなりどうしたの?大倶利伽羅」

「第二第三部隊を編成しなおす。一軍メンバー4人に新人を2人で部隊を組み直し、二人一組で新人の面倒を見てもらう。部隊から漏れた人間は新人教育の枠で部隊をもう一つ作り、そっちに移ってもらってそこにも新人を入れて組み直す」

「だったらいっそチンケな戦いじゃねぇほうがいいんじゃねえの」

兼さんが少し身体を起こして大倶利伽羅さんに声をかけた。ぼくにくっついていなければ不安定だった兼さんが、久しぶりにぼくに触れずに楽しそうに笑っているのを見てぼくは少し安心する。

「行き先をもっと派手にドンパチ出来る場所に変更してよ、みんなで一気に敵を叩けばいい。どうせその人数でいくんだ、ちっとはガキどもにも実戦参加を味わわせた方が後々のためにはいいと思うぜ?」

「ちょっと待ってよ、若い子たちを二人一組で守るだけでも初めての経験ってメンバーが多いのにいきなりハードルをあげられないんじゃない?」

光忠さんのもっともな意見に、だけど大倶利伽羅さんは大丈夫だろう、と珍しく兼さんに同意する。

「ちょ、何言ってるの大倶利伽羅まで!いくらなんでも一気に負担をかけるわけには……」

「何しろ明日はうちの勝利の女神が前線復帰する日だ。その長い髪もだいぶ整っているようだし、せいぜい派手に暴れて勝利をもぎ取ってくれるつもりなんだろう」

確実に兼さんの女性よりも長く美しい髪をからかった大倶利伽羅さんの言葉に、当然のように兼さんははん、と鼻を鳴らして応戦する。

「あーそうだな。この俺がメガミサマよろしく前線でしっかり刀ふるってやることにするよ。何しろこの俺の加護がなけりゃ勝利も手に入れられねぇらしいからな?」

「まだ退院もしていないくせに何を言っている、バカバカしい」

「その退院もしてない俺と国広担ぎだして前線に戻ってくださいと頭を下げに来たお前に言われたかねぇなぁ?大倶利伽羅」

元気なのはいいけど、どうしてこうなっちゃうのかなぁ。

ぼくが呆れて、光忠さんは苦笑しながらそれぞれのパートナーを宥める。

感情のままにふん、とそっぽを向く兼さんと無表情のままだけどちょっと機嫌悪そうに視線を逸らしている大倶利伽羅さんは、実は結構似たもの同士なんだろうな、って思うとなんだか可愛いけど。

「……まぁとりあえず話はまとまったようだね」

何を囁いたのか、大倶利伽羅さんの耳元に何かを告げて機嫌を取ったあと光忠さんはぼくに向けて笑いかけた。

もうさっきまでの悲しそうな表情ではなくて、光忠さんらしい穏やかで優しい、人を包み込むような笑顔にぼくもはい、と笑って頷く。

「僕は今夜は眠れそうにないけど……」

「あはは、そうですね。人選大変そうだ」

「まぁでも、新人教育はずっと頭の痛い問題だったからね。こういう機会をきっかけに、みんなで育てていくという意識を持つことは重要だと思う」

ありがとう、と光忠さんはぼくに頭を下げてくれた。

いえ、と微笑んでぼくは首を横に振る。

「じゃあ僕らは戻るよ。明日は僕らも一緒にいくし、君と兼定の復帰戦、楽しみにしてる」

「はい。明日は頑張りますね」

大倶利伽羅さんと光忠さんがすぐに議論を始めながら出て行くのを見送り、ぼくは兼さんのほうへ向き直った。

さっきは一瞬ぼくの手から離れても大丈夫だった兼さんは、もうぼくの肩に頭を預けてくっついている。でもその姿は不安だからというより単純にぼくに甘えているだけの、いつもの兼さん。

「兼さん、寝るよ」

声をかけると、俺ぁとっくに眠い、と兼さんが鼻を鳴らして枕をぱんぱんと叩いた。

はいはい、とぼくが横になって腕を伸ばすと兼さんはすぐにぼくの腕を枕にしてごろりと寝転がる。

自分からは擦り寄ってきたりしないけど、ぼくが抱き寄せることに文句は言わない。それどころか抱き寄せなければとても不機嫌になってぼくを困らせ始める。

そんなところも、いつもと変わらない兼さんで、ぼくは兼さんやぼく、そして大倶利伽羅さんも光忠さんもみんなが大きな何かを乗り越えることができたんだって確信する。

「明日、楽しみですね?兼さん」

ぼくが声をかけると兼さんはあぁ、と欠伸で涙目になりながら喉奥で唸るような声を出す。

「身体が鈍ってしょうがねぇからな、せいぜい運動不足を解消させてもらうさ」

「勝利の女神さまとしてがんばって下さいね」

くすくす笑ってその美しい黒髪を撫でると、兼さんはふん、と鼻を鳴らして目を閉じた。

また明日からいつもの日常が始まる。

ここ数日いろんなことがあったけど、忘れることができない傷も残ってしまったけど、それでも前を向いて走ることしかできない。

でも、大丈夫。ぼくらには何があったって目の前の障害をぶちのめして前に進む力がある。

何よりぼくには、どんなときにも勝利をもたらしてくれるぼく専属の女神さまが傍にいてくれるから。

どんな戦いだって勝ち抜いて、乗り越えて、またこうして怠惰で強気で可愛い女神さまと一緒に眠りにつければそれだけでぼくは満足だから。

「おやすみ、兼さん」

目が覚めたらずっと一緒にいましょう、だってぼくには今までもこれからもあなたしかいないから。

ぼくはそう囁いてからぼくの腕に髪を乱して眠るぼくの可愛い人と一緒に眠りについた。




[9] 中篇

投稿者: 銀朱 投稿日:2015年 2月10日(火)18時21分38秒 FLH1Aay036.ngs.mesh.ad.jp  通報   返信・引用   編集済

***大倶利伽羅目線***


「……悪かった」

何も言うことなどできない。どれほど詫びても気など済むわけがないし取り返しがつくわけでもない。

それでも謝罪を口にする俺に、兼定はよせ、と苦笑を浮かべた。

「別に責任者だからってお前に責任取らせたくて残ってもらったわけじゃねぇ」

「……わかっている」

どんな責任も、取れるなら取りたいが起こった出来事をなかったことにできるわけではない。

椅子から立ち上がり兼定の傍に行くより早く、兼定は足の力が抜けたように床に座り込んでしまった。

俺は、とりあえず兼定の隣に腰を下ろして兼定の頭を抱き寄せる。

普段は人に触れられたくないらしい髪に触れても、兼定はそれを拒否することなくただ下を向いている。

「……畜生」

ぼそ、と兼定は呟いた。怒りの欠片も滲ませていない、その疲れた声はかえってこいつのショックを滲ませている。

何も言わない兼定の頭を抱き、俺はただじっと傍にいた。

泣くことも喚くこともせず、先ほど呟いただけで口もきこうとしない兼定の頭を、俺は国広の代わりに抱いてやる。代わりなんてできるわけはないが、それでも少しは落ち着くのか兼定はゆっくりと息を吐いて悪い、と呟く。

普段は、軽口を叩きお互いに張り合うのを楽しむ関係の兼定が、俺の腕に大人しく抱かれていることなど想像もしたくなかった。

「……あの男だがよ」

兼定がぼそ、と呟いた。

「……俺が殺せば、国広は自分のために戦以外で俺に人を殺させたことに苦しむと思う」

「……あぁ」

「だからといって国広に殺させるわけにはいかねぇ。他の連中にも、お前にも、光忠にもだ」

「……許すのか」

「バカ言え、そんなわけあるか」

小さく笑うと、兼定は頭を抱いていた俺の手から抜けだした。

じっと俺を見つめるのは、いつもの兼定とあんまり変わらないように見える表情、声。

「あの男を、ここに放り出したい」

兼定が壁に貼っている地図の上にひょいと自分の手持ちの小さな刀を投げた。

普段俺たちが任務で派遣される場所の詳細が描かれているそこに刀が刺さった場所を確認して俺は砂漠地帯か、と呟く。

「あの辺にはあいつを守ってくれるような建物も人もいねぇ。逃げる場所はねぇ。敵にやられたくなけりゃ自分の力で敵を倒すしかねぇが、仲間で居るための鍛錬から逃げて施設職員なんかやってた男が生き残れるとは思えねぇ」

自分の手も仲間の手も汚せないが、それでも簡単に殺したりはしない。

そんな兼定の気持ちが伝わってくる。

「せめて堂々と、俺から国広奪い取るくらいの男がしでかしたことならもう少し何とか考えられたんだがな……誰かに惚れるってこと、それが振り向いてもらえない辛さなんてもんは俺にだってわかる」

この男の処遇を任せる、と俺に言われた兼定は、きっと何とか理性を保ち、できる限り公平に男の裁きを考えようとしたのだろう。

ぽつん、と紡がれる言葉は悲しさとか悔しさとかそういうものではなく、ただもうあっけないほどの絶望。

「……薬飲ませて、無理やり国広襲うなんてバカバカしいことされちゃ、さすがにこれ以上の温情なんざかけられねぇ。こんなことをしても何とかなる、と思っちまうやつがもし出てくれば、俺らの仲間の誰かがまた同じことで苦しむことになる」

「……お前の気持ちだけ考えて判断すればいい、兼定」

「そんなことしたら、俺は自分を殺したくなる」

自分を、という言葉に俺は驚いて兼定をじっと見つめた。

何故自分を、という俺の無言の問いかけに、兼定はお前に俺の気持ちなんてわかるか、と苦笑しながら呟く。

「一番大事な人間が一番俺に助けてもらいたいと思っただろうとき、俺は手に届く場所にいられなかったんだぞ……」

「それはお前のせいじゃないだろう」

「あぁ、俺のせいじゃねぇ。でも国広のせいでもねぇ……国広が今回のことでどれほど俺に申し訳ないと思う性格なのか、誰より知ってっから俺はそう思わせちまった責任を自分に求めたいだけだ。自分を罰する分には、誰にも文句を言われねぇからな……」

お前に俺の気持ちなんてわかるか、と彼が言ったのは、「こんな気持ちをお前は味わわなくていいんだ」という兼定なりの俺への伝言。

言葉を失う俺の目の前で、兼定は服を着替え始めた。ここに戻るためにぼろぼろになったものではなく、洒落者の彼らしく手入れの行き届いたえんじ色のいつもの和服に袴。ところどころ短くなって切れた髪を大雑把に一つにまとめると、いつもと見かけだけは変わらない兼定へと戻っていく。

「大倶利伽羅」

「なんだ」

「国広を、部隊に戻す」

兼定の言葉に、しかしそれには俺は首を横に振った。

「まだ戻れる状態じゃないし、戻れるかどうかもわからない」

「戻す。国広が部隊に戻れないのなら、俺が辞める」

「……兼定」

「俺の目の届く場所に。俺の手が届く場所に国広を置く。そのためにお前を含めた仲間たちにバックアップを頼みたい」

バックアップ、という言葉に俺は兼定が感情や思いつきのみで突っ走ってるわけではないことを悟った。

軽く頷き話を促すと、兼定は自分の服を整えながら明日から任務ってわけにゃ流石にいかねぇと思うが、と口を開き始める。

「まずは国広と俺が戻らなかった場合のため、急ぎ代わりを育ててくれ。俺の代わりは何とでもなるだろうが、国広の代わりは時間がかかる。早めに見つけて、育てて欲しい」

「……他には」

「もし戻れる場合は、俺の任務を国広優先にしてくれ。もうあいつと離れるのはまっぴらゴメンだ。国広が一緒なら何処にだっていくがな」

兼定の中には、もう国広と自分が会ったあとの配慮ができるほどの落ち着きが戻っているらしい。

だがそんなに簡単に気持ちが切り替えられるものなのか?

「兼定」

「大丈夫なのか、とか言ったらコロス」

違和感を感じた俺の言葉を先回りしたのか、兼定は軽く笑って肩を竦めた。

「大丈夫なわけねぇだろ、自分の大事な人間をこんな目に合わされて……でも、俺が泣き喚くのは全部が元に戻って国広が俺をまた抱きしめてくれてから、だ」

「……兼定」

「あいつが俺以外の人間に触れられたっていうショックでおかしくなりかけてるって報告は聞いてる。それでも、俺はあいつにもう一度触れたい……俺に触れてもらって、髪を撫でてもらって、好きですと笑ってもらいたい」

「もし国広が目を覚まさなかったら……お前を受け入れることが出来なかったら、お前はどうする気だ」

「さぁね……そんときは、砂漠に捨てたあの男を追いかけまわして、気が済むまでなぶり殺してやるかもな。国広が俺を受け入れられないなら、俺にあいつを自分の手で殺さない理由は全くねぇし」

壊れかけているのは、国広だけではない。

俺の前でいつもの格好で、少し髪が短いだけの兼定も今にも壊れてしまいそうなほど張り詰めている。

黙り込んだ俺に、いくわ、と兼定はふらりと立ち上がろうとした。

自分一人で立ち上がることも出来ないほど疲れ果て、神経をすり減らした兼定に手を貸してやり、俺は国広のいる病室の場所を教えてやる。

俺の説明に数度頷いた兼定は、じゃあ、と何も気負うことなくいつもどおりふらりと部屋を出て行って。

どうか、どうかこれ以上あいつが辛い目にあわないようにと、元の主がよく祈っていた神仏に俺は心の中で祈りを捧げる。

俺が今の兼定にしてやれることは、それ以外何もなかった。





***兼定目線***


国広の病室は気楽に人が近寄れないように何重もの扉の奥に隠され、しかもそこにはいつも一緒に任務を行っている仲間たちが数人扉を警護していた。

俺の姿に、最初に気がついた小狐丸が足早に近づいてくる。白い豊かな髪と普段なら穏やかな笑みを浮かべている小狐丸の心配そうな表情に、俺は大丈夫だと小さく頷く。

「お前のおかげで、国広の傷が小さかったと聞いてる。ありがとうよ、小狐丸」

「……あいつを殺すのなら私が行こう」

元々が戦に慣れた連中だ、自分や仲間に仇なすものに対する慈悲など最初から持ちあわせてはいねぇ。

それがわかっていても何だか少しおかしくなり、俺は軽く頭を横に振った。

「これからのこととあいつに対することは、全部大倶利伽羅に話してきた。今から仲間たちを集めて大倶利伽羅のところに行ってくれねぇか」

「……了解した」

俺の言葉に、小狐丸は俺が国広に一人で会いたいということを正確に理解してくれる。

全員がそこを立ち去るのを待ってから、俺は国広が眠っている病室の扉を開けた。

薄暗い部屋の中は、カーテンを閉められベッドの傍に小さな明かりが置いてある。

少し大きめのベッドは恐らく俺たちみたいな身体の大きな連中でも十分に収まるように計算されたもので、その中で点滴を2つつけた国広が静かに目を閉じている。

俺がベッドに近づいていくと、国広は不意に目を開いた。

俺のほうは一切見ることなく、ゆっくりと唇を開いて小さな声で不思議ですね、と囁く。

「不思議?何がだ」

「兼さん以外の人に初めて唇を触れられたんですけど、あんなに気持ち悪いものだったんですね」

「……そりゃお前は俺しか知らねぇからな」

俺の言葉に、少しだけ笑った国広は首を動かして俺を見上げた。

会えなかったのはほんの数日、それでもその数日で国広の身体は一回り小さくなったように感じる。頬がこけて疲れていて、だけどいつもどおり柔らかくて優しい綺麗な顔をしている。

おかしくなっていると聞いていたが、俺の思っていたとおりそれは一時的に心を閉ざしていただけの話。武人として生きてきた国広が、たかが他の人間に触れられたくらいで心をおかしくするはずはない。

「……会いたかったです、兼さん」

そう、こいつは俺に会いたかっただけ。

あんなことがあったのはショックだろうが、それを俺に自分で報告するために自分の心を整理し、俺が迎えに来るまで待っていた。それだけの話だ。

俺が国広の手を握ると、国広は少し力の入らない手で俺の手を握り返してきた。いつもと違うことにすぐに気がついたらしく、髪、と小さく呟く。

「……髪、だいぶやられちゃいましたね。早く手入れしてあげたいな……」

「あぁ……頼む」

それだけ話したとき、国広は兼さん、と俺の名前を呼んだ。

「ごめんね?兼さん」

「何が」

「兼さんを、泣かせてしまったこと」

何言ってる、と言い返そうとしたが、俺は自分の頬が濡れているのに気づいた。

泣いているのか、と自分で認識するとその涙が止まらなくなって、俺は国広の手を握ったまま俯いて嗚咽を噛みしめる。

泣く、ってことがこんなに辛くて、悲しくて、心が壊れそうになることなんて知らなかった。

その間、国広はただじっと手を握っている。

いつも通り、俺が落ち着くまでじっと握る手に力を込めてその青い大きな瞳で俺を見つめている。

「お前が心を閉ざして、誰とも口もきかずに人形のようになっちまったって聞いて……もう、俺のことを呼んでくれねぇのかって思って……」

「……ごめんね」

「お前が誰かに触れられんのより、俺を受け入れてくれなくなるほうが何倍も嫌だ……お前は純粋過ぎるから、俺以外に触れられたっつって勝手に自分の価値をなくしちまうんじゃねぇかって……怖くて……」

「そんなことしないよ、バカなこと言わないの」

普段はどちらかというと俺にも丁寧な言葉を使う国広は、時々こうして俺をたしなめるような言葉づかいをすることがある。

手を貸して、と言われて俺は手を貸し国広の身体を起こしてやった。

上半身を起こしてベッドに座り込んだ状態で背中を立てかけた枕に預けた国広が、おいで、と自分の膝を叩いて俺に笑う。

俺は自分の涙を乱暴に拭いて国広の膝にいつものように頭を預けてベッドに乗った。

国広はゆっくりと俺の頭に手を伸ばしてバラバラになった髪を梳いてくれる。

「ぼくね、こんなことであなたの傍を離れるなんて選択肢は最初からありませんでしたよ」

みんなに心配かけたこと、兼さんを泣かせたこと、反省はいっぱいしてますけどと静かに言葉を紡ぎながら、国広は何度も何度も俺の髪を撫でてくれる。

「兼さん以外の人に触れられたのは悲しかったけど、そんなことでぼくのことを嫌いになるような人じゃないって知ってるし不安なんてなかった……ぼくはただ兼さんに早く会いたくて……次に目を覚ますときは兼さんが来てくれるときだって自分で決めて、それまで眠っていただけです」

「あぁ……」

「それに……兼さんのほうがぼくよりずっと辛かったから……もしもぼくが兼さんの立場だったら、ぼくはそっちのほうが何倍も辛い」

俺が大倶利伽羅に要求したことの意味を、目が覚めたばかりの国広は全部わかっている。

また涙が溢れてくるのを感じながら、俺は膝枕をしてくれている国広の腰に腕を伸ばしてぎゅっとしがみついた。

俺たちは自分が死ぬことも仲間が死ぬことも頭の中で想定して、覚悟の上で戦に出ている。

戦を生業としている武人なのだから、それは当然の話だ。

でも自分の命を捨ててでも助けたいと思う相手が本当に助けを必要としているときに傍にいられなかったこと、そのどうにもできないもどかしさが俺にも、そして国広にも何より辛くて。

「……大倶利伽羅に、言ってきたんだ」

ぽつん、と口を開く俺に、国広は何を、と優しい声で問いかける。

「お前と一緒に仕事できないのなら、俺が仕事辞める、と……国広の傍にいる、って……」

「ふふ……兼さんもぼくも生まれながらの武人だよ。他にできることなんて何もないでしょう」

それに兼さんみたいな我儘な人が刀を持たずに戦場の外で生きていく方法なんてありません、と国広はくすくす笑いながら俺の髪をまとめていたゴムを外し、丁寧に結びなおしてくれる。

「兼さん」

「……なんだ」

「……キスしてもいい?」

国広の、そこだけ少し緊張した声色の混じる声に俺はゆっくりと顔をあげた。

顔を近づけ、柔らかい唇を舌で舐めてからすぐに吸い付いていつもどおりにキスをする。

「……いちいち聞くな。していいに決まってる、つかしろ」

「……はい」

国広の目が少しだけ潤んだが、俺は気づかないふりをする。

誰に触れられようが、何が起ころうが、またこうしてキスをすればいいだけ。

口で言うよりきっと国広には伝わるだろうともう一度口付けると、今度は国広のほうから追いかけるように吸い付き返してくれる。

何度か唇を重ねていると兼さん、と優しい声が俺の名前を呼んだ。

「少し、寝ませんか?兼さん。久しぶりに兼さんに会ったらぼく、なんだか眠たくなっちゃった……」

「あぁ、そうだな……このベッドって男2人乗っても大丈夫そうだな」

「大丈夫でしょ、壊れたら壊れたで音が立つだろうから誰か助けに来ますよ」

当然のようにベッドから降りる気のない俺が頭を起こすと、ごそごそと布団の中に潜り込んだ国広が当然のように右腕を伸ばして俺を招いた。

俺はそれを枕にして、国広の腕の中に収まって目を閉じる。

他の誰でもない国広の腕の中にいることを感じて、俺は自分が非常に疲れていることを今更思い出す。

「これからも兼さんとずっと一緒に戦いに出るためには、ぼく、もっと鍛えないといけませんね」

目を伏せると俺の背中を抱き寄せて、とんとんとあやしてくれる国広の手。

こいつにしか出来ないその優しいあやし方に、俺の意識はゆっくりと眠りに落ち始める。

「鍛錬くらいいくらでも付き合ってやるけど、他にやりてぇことないのか?」

「一番やりたいのは、美味しいご飯を作って、髪をなおすこと」

「腹が減ってるのか?」

「兼さんのご飯と髪ですよ」

「あっそ……」

ぼくがいないとダメでしょ、とくすくす笑う声に、当たり前だ、と小さく頷いて更に身体を密着させ国広の体温と存在をしっかり感じて。

「おやすみなさい、兼さん」

「……おやすみ」

もう大丈夫ですからね。

国広に何度も耳元で囁かれ、俺は目を閉じると数日ぶりの睡眠へと誘われていった。




[8] 狂愛と再生ーー前篇

投稿者: 銀朱 投稿日:2015年 2月10日(火)18時20分33秒 FLH1Aay036.ngs.mesh.ad.jp  通報   返信・引用   編集済

***国広視線***


とても埃っぽい部屋。掃除が行き届いていないというより、殆ど使われていないんであろう感じがする部屋。
ぼくが横たわらされているベッドも、とても硬くて寝心地がいいとは言えないもの。

ただ、話をするだけのはずだったんだ。
身体が動かないのはどうしてなのか、あまりうまく働かない思考で記憶を辿る。

ぼくに、好きだと言ってくれた人。勿論兼さんじゃなくて。

その人はぼくがお断りしても何度も言ってきて、隠し撮りのようなぼくの写真を沢山撮っているといってきた。

何だか気持ち悪い、と思ったのはそのときが初めてじゃなかったけど、ぼくの写真なんて撮って何するんだろう?っていうのが正直な感想だった。

空気が動く。何だろう、変な感じ……殺意ではない何かがぼくに向けられていて、それはとても気分が悪くなるようなあんまりいいものではないのはこんな状態でも感じる。

あぁ、そう。ぼくは写真を受け取りにいったんだ。

見られて困るものなんか何もないけどそういうのは好きじゃない、と言ったら反省してくれて、それを返すので取りに来て欲しいと言われて。

兼さんに相談したらきっと嫌な気持ちにさせてしまうし、何よりこんな些少なことで兼さんの手をわずらわせたくなかった。だから二人きりにはならない場所でーーー食堂で、返してもらうことにして。

……どうして、こうなったんだっけ。

少なくともここは食堂じゃない。でも、食堂以外のところに彼と行こうと思うわけがない。

確か、食堂にいったらジュースでもどうぞと紙コップのジュースを差し出されたんだ。

これで仲直りしましょうと言われて、そういうことならジュースくらい飲んであげたほうがいい気がしてジュースを飲んだら急に眩暈がして……。

そんなことを考えてたぼくの唇に、気持ちの悪い変なものが押し当てられる。

それが大好きな兼さんの唇じゃないことだけはその感触でわかって、ぼくは反射的に逃げようとしたけど動かない身体を上から抑えつけられていて身じろぐことすらできなくて。

兼さんにちゃんと相談してればよかったのに自分でこれくらい対処できるって思い込んで、二人きりじゃないから大丈夫だろってその人と会って、多分その人に薬か何かを飲まされて。

嫌だとか気持ち悪いとか、そんなことと一緒にぼくの頭の中には自業自得って言葉といつもの兼さんの笑顔が浮かんだ。

兼さん、と大好きな人の名前を呼ぼうとしたけど声がでなくて。

ぼくの上着のボタンが1つずつ外されていく。兼さんではない人の手で。
兼さんならその指先がぼくに触れただけでドキドキするから、すぐわかる。

こんな変な、気持ちの悪い手は、ぼくの大好きな人の手じゃない。

「国広くん……」

この声は……ぼくを食堂に呼び出したあの人の声だ。なんだかとても息遣いが荒い。

もう一度唇に触れられたとき、いきなり大きな音と怒鳴り声が部屋中に響き渡った。

唇に触れていた気配が消え、代わりに兼さんではないけどやっぱりぼくが大好きな人の気配がぼくの傍に近づいてきた。

薬を飲まされてうまく動かない働かないぼくの頭は、それが誰なのかはっきりわからなかったけどさっきの変な人の気配じゃないことがわかるから少しだけ安心する。

「……大丈夫、大丈夫だから。もう心配いらないから、国広くん」

ぼくの耳に届くのは、不思議なことに何だか泣いてるように聞こえる光忠さんの声。

どうしたの?どうして泣いてるんですか?

そう問いかけたいけど声がでなくて、でもボタンを開けられていたシャツの上から自分の上着をかけて光忠さんがぼくを抱き上げてくれる。

「……大倶利伽羅、こいつ殺してもいい?」

「……殺すのなら、俺が殺してやる」

聞いたことないほど怖い声は、でもいつもよく聞く人の声。大倶利伽羅さんの、無口だけどいつもならとても落ち着いてて安心できる声は、今日はとても心が痛くなるほど傷ついている感じがする。

少しだけ首が動くようになった気がして、ぼくは声の聞こえるほうに顔を少しだけ動かしてみた。

「国広くん?僕の声、聞こえる?返事はできる?」

そういえば光忠さんってみんなのお母さんって言われてるんですってね。

何だかそれもわかる気がしてそんな心配そうな光忠さんに少し笑ってみせると光忠さんはなんだかとても辛そうな顔をしてぼくをぎゅっとしてくれた。

何だろう、どうしたのかな?

「いいんだ、少し眠ろうね?……もう大丈夫だよ」

眠ろう、と誘われると何だか眠たくなって、ぼくは小さく頷くとまた目を閉じた。

次にぼくが目を開けたら、きっとぼくが一番会いたい人が傍にいてくれると思うから。

その人以外に、ぼくは誰にも会いたくない。ただあの人に会いたい。

眠ろう、眠ろう、眠ろう。

記憶も気持ちも全部、心の中に閉じ込めて。

知らないうちに一粒の涙を流しながらぼくはゆっくりと眠りについた。





***光忠視線***

「どうだった、光忠」

僕が指揮官室に戻ると、大倶利伽羅はすぐに僕の報告を求めるように人払いをしたあと僕を促した。

「外から呼んだ医者に、診察結果を聞いてきたよ……国広くんは、飲まされた薬と受け入れたくない現実のせいで意識を自分で封じているようにみえるって」

「話せないのか?」

「まだ人と話せる状態じゃないみたい。目は開いているけどぼんやりしていて、食事も取らないから今は点滴に繋がれてる」

あの事件が起こってから2日。毎日どころか仕事の暇さえあれば何度も様子を見に行っているけど、国広くんの状態に特に大きな変化はない。

そう報告する僕に大倶利伽羅は怒りに任せて指揮官室の机をバン!と片手で殴った。

「あの野郎、今からでも殺してやろうか……」

「せめてあと明日まで待つんだよ。あいつを誰より殺したいのは兼定なんだから」

それなりに若い人間が揃うこの組織の中では、個々の恋愛事情についてお互いに首を突っ込まないのはある程度ルールになっている。

だから僕や大倶利伽羅の元に情報が集まるのも遅くなってしまった。

任務に出ていたメンバーが報告書を持って尋ねてきたので大倶利伽羅との会話を中止し、僕は部屋の隅に置いた自分の机に向かって今回の状況を本部に報告するために状況をまとめ始める。

最初は、ただの国広くんのことを好きになった男が一人いた、それだけの話。

既に兼定のことが好きだった国広くんがその彼を断り、それでも彼は諦められずに国広くんを追い掛け回していた。

最初は国広くんが任務で使ったペンを持って帰るとか、その程度のものだったらしい。

そこから国広くんが捨てたゴミをあさってそこから国広くんを感じられるものを探したりといういわゆるストーカー行為に発展していったのを国広くんや僕ら周りの人間が全く気付けなかったのには一つの理由がある。

元々は僕らと同じ実戦で戦うために本丸に所属して一緒に鍛錬を受けていたその男は、少し前に自らの希望で本丸やメンバーの宿舎の管理を担当する部署へと配置換えしている。つまりこの男は、掃除やゴミ集めということをしていても全く不自然ではない状況を作り出しながら僕らの宿舎あたりをウロウロしていたらしいのだ。

僕や大倶利伽羅の管理はあくまで実戦に出る仲間たちがメインだから、その世話をする内勤の職員にまでは気が回らなかった。

そうやって集めたいろんなものを返すという口実で国広くんを食堂に呼び出し、食堂で飲み物を勧めその中に混ぜられた薬で気を失った国広くんをみんなの目の前で『本丸の管理職員として』救護室に運ぶふりをして堂々と連れだす。

そのまま管理職員にしか渡されていない合鍵を利用して、誰も立ち寄らないような古い建物の一室に国広くんを閉じ込める。

完全に成功していれば、少なくとも兼定や僕らが国広くんの不在を騒ぐまでの数日間の時間は稼げただろう。もしかしたらドサクサに紛れて国広くんを外部に運び出してしまうこともできたかもしれない。

そう考えると、僕はまた怒りで自分の拳が震えるのを感じる。

運がよかったのは、たまたま国広くんが運ばれていくのを見かけた僕らの同僚である小狐丸が、その男について変な噂があると耳にしたことがあったこと。

何となく違和感を覚えた小狐丸は、とりあえず兼定に連絡しようとしたけど兼定はたまたま任務で遠征に出ていて。それで国広くんや自分たちの責任者である僕らへと連絡をしてくれた。

もう一つ運がよかったのは、小狐丸と一緒にいた子の中に遠視のきく人間がいたこと。国広くんを運んでいる男の妙な気配や息遣い、表情を小狐丸に報告し、すぐに小狐丸たちは彼を追いかけ始めた。

それでも時間がかかってしまったのは、管理者としてある程度自由のきく立場であるぼくや大倶利伽羅ですら普段使われていない全ての部屋を管理する鍵は持っていなかったこと。

自分たちが探せる範囲全てを探しても国広くんが居ないことがわかったとき、大倶利伽羅は独断で全ての鍵を壊していい、と捜索を手伝っていたメンバーに許可を出した。

そうやって国広くんを監禁した部屋に僕らが辿り着くことは全く予想もしていなかったらしく、彼はあっさりと僕らに捕らえられた。

そして現在、何重にも掛けられた錠の中で震えながら自分のやったことの意味を深く深く後悔しているようだ。

そりゃそうだろう、と僕は溜息をつきながら冷えきったお茶を飲む。

誰よりも頑張って、あの小柄な身体に相応しくないほどの力を身につけた国広くんの努力はみんなが知っている。そしてここからは僕の予想だけど、国広くんがみんなに可愛がられているのは多分兼定の教育。

兼定自身の性格がそうだからなのかもだけど、国広くんも自分の実力をきちんと評価し、それに驕ることも人にへつらうこともしない。自分の力を過信もしないが過小評価もしないから、その太刀筋はいつも真っ直ぐで迷いがない。

そして求められる場所で求められるだけの力を使い、自分が武勲を立てることより一緒に戦う仲間と共に勝利することをよしとする。

だから国広くんも、兼定も、仲間たちからとても愛され求められる。

その国広くんをこんな形で傷つけた男に対して、僕や大倶利伽羅を含めて仲間たちは一切の慈悲なんか持っていない。しかし大倶利伽羅は怒りで暴走しそうな僕たちにひとつの結論を出した。

兼定が帰ってくるまで待ち、こいつの処遇は兼定の意見をもっとも重いものとして扱う。

そしてあの男は今、いつ誰が自分を殺しに来るかわからない状況で、確実に自分を殺しに来るであろう兼定の帰りに怯えている。

まぁ大倶利伽羅にそんなこと言わなければまずは僕が殺したけどね、あんな男。

「光忠」

大倶利伽羅の声に、僕は現実に意識を戻した。

「ん、どうしたの?」

「国広は、治るのか」

直接的な質問に、僕は口を閉ざした。

薬を飲まされ、襲い掛かられた国広くんの心はまだ閉ざされたままだ。

僕と大倶利伽羅が駆けつけたとき、国広くんは唇を重ねられ上半身の服を脱がされている最中だった。

怒りのまま暴れた大倶利伽羅から叩きのめされる男を横目に僕が国広くんの身体を抱き上げたとき、国広くんはただ小さく笑っていて。

目を閉じていいよ、と眠りに誘ったとき、一筋の涙を流した。

それ以降、国広くんは食事も取らず感情も全く表さない、ただの人形のようになってこの施設で一番設備の整った大きめの病室に寝かせられている。

仲間たちが代わる代わる尋ねては声をかけたり何か持っていったりしても、全く反応することはなくただ目を開いてぼんやりとしていて。

勿論僕が行っても反応は同じ。元々細い身体が更に小さくなったように見えるほど痛々しい姿で、国広くんはいつもぼんやりと天井を見つめていた。

「ショックが原因だろうけど、そのショックを和らげる特効薬なんてないからね……ただこのままなら当然任務なんか出来ないから、この状態が長く続くのなら前線復帰は諦めるしかないと思うよ」

「ふざけるな、そんなこと許可できるか」

大倶利伽羅は再びバン、と音を立てて机を叩く。

「もし戦力としてだけ考えても、国広はうちで一番レベルが高い。第一部隊に派遣される連中についていける脇差・打刀クラスなんて国広しかいないんだぞ……こんな状態なのに、国広抜きでこれからどうすればいいというんだ」

「わかってるよ、そんなこと……」

「……それに、国広を失えば俺たちは兼定も失うぞ」

ぼそり、と大倶利伽羅が呟く。

できるだけ考えないようにしている国広くんの嫁さんの帰還は明日の朝早く。既に状況は報告してあるから、明日の朝兼定が戻ってきたらどういう結論になるのか僕にはもう想像もつかないししたくもない。

はぁ、と溜息をつく僕に、大倶利伽羅も小さく息を吐く。

感情論だけでいえば、僕と大倶利伽羅は国広くんたちと最も関係が深いといっても過言ではないと思う。

まだここに来たばかりの頃、仲間が多くなかったこともあるけど僕たちはいつも一緒に任務に出ていた。

僕らや兼定は太刀クラスでほぼ体格も力も立場も近い。国広くんは僕ら3人に比べて少し小さくて、僕からしてみれば可愛らしい少年が自分たちの仲間になってくれたのが嬉しくて、いつも国広くんにかまってかまってと声をかけていた気がする。

国広くんが兼定を好きだとわかったときにも、僕らはその相談というか話し相手になって一緒に悩んで、笑って。

僕と大倶利伽羅が付き合うようになってからは、今度は僕らのことで国広くんが兼定と一緒に相談に乗ってくれたり、アドバイスをくれたり。

可愛い少年が僕らと変わらない力で僕らと一緒に戦うのが面白くて、自分より年齢も身長も体格も上の兼定に旦那さんとして接する姿が可愛くて。

自分より生まれつき力も強く体格もいい兼定の傍にいるために、彼はどんなに影で鍛錬を積んで自分の力を身につけてきたのか。それを一番身近に知っているのは僕らで。

それを、どうしようもないクズのために失ってしまうのか。

そのとき不意に指揮官室の扉が素早く開かれた。

別にノックしなくても誰でも入ってきて構わないんだけと誰かが訪ねてくるにはちょっと遅い時間だ。
少し驚いて目をそちらにやると現代風の格好をして頭から大きなフードを被った、僕らと身長のそう変わらない割と体格のいい男が一人入ってくる。

こんな格好をしてる人、いたっけ……。

考えながら声をかけようとした僕の前でその男はするりとフードを外してみせた。

「……兼定!」

「バカ、大声あげてんじゃねぇよ」

明日の朝にしか帰らないはずの兼定の姿に、僕は驚いて大きな声をあげてしまった。

大倶利伽羅のほうを見ると彼もとても驚いているので、今回の兼定の予想より半日早い帰還が突然だったことがわかる。

「……どうやって帰ってきた」

大倶利伽羅の声に、兼定は小さく肩を竦めると馬、と一言ぼそりと呟いた。

「馬、って遠征先からここまで走れる馬なんかいないだろう……」

「使えなくなるまで走らせて、ダメになったら馬を解放して新しいのを敵から奪った」

「敵から?」

「馬を持ってそうな奴らのいる場所を見当つけて、襲って、奪って。その繰り返しだ」

何でもないことのように言う兼定だけど、よく見るといつもの長い髪が少し短く不揃いになっている。衣装を変えているのも多分途中の戦いでぼろぼろになったということなんだろう。

どう話を切り出せばいいのか、戸惑う僕を他所に兼定は光忠、と僕の名前を呼んだ。

「……どうした?兼定」

「2時間でいい、大倶利伽羅を貸してくれ」

「……あいつを殺しにいくのなら僕も入れて欲しいんだけど」

「そういうんじゃねぇ、ただ話を聞いてもらって頭ん中整理したいだけだ」

兼定の言葉に、僕はゆっくりと頷いて立ち上がった。

兼定が望むのなら、今は大倶利伽羅と話をしてもらったほうがいい。

「僕はみんなを抑えておくよ。君が帰ってきたってなったら大騒ぎになるの、わかっているからね」

「……悪いな、頼む」

もしかしたら兼定が僕にこんな風に礼を言うこと、長い付き合いだけど初めてかもしれない。

普段ならそれをからかって楽しく笑いたいところだけど。

「じゃああとでね、二人とも。ここには誰も入らないようにしておくからごゆっくり」

声を掛けてから、僕は2人を残して指揮官室を出て行った。




[7] (無題)

投稿者: 銀朱 投稿日:2015年 2月 9日(月)03時44分12秒 FLH1Aay036.ngs.mesh.ad.jp  通報   返信・引用   編集済

「兼さん、お風呂わきましたよ」

任務が終われば部屋で酒を飲んで国広が作った飯を食って、国広に世話されてまったりするのが俺の日課のようなもんだ。

寝転がって報告書を適当に見ているうちに何だかめんどくさくなってきた俺が風呂、という言葉に反応しないのを見ると、国広はさっさと俺の後ろに回って俺の長い髪をまとめ始めた。

「邪魔すんな、仕事中だ」

「さっきからそのページしか見ていないようですよ?兼さん。それにその書類、もうぼくがまとめておいたのであとは兼さんのサインを貰えばいいようにしてます」

「……あっそ」

優秀過ぎる俺の元副官は、今ではすっかり俺の旦那だ。

やってることは嫁っぽいことも十分あるが、とちらっと国広を見るとどうしました、と俺の髪をサイドに一つにまとめた国広が俺の顔を間近に覗きこんできた。

前髪を下ろした、幼い顔立ちによく似合うふわりとした黒髪を撫でるのは昔は俺の役目だったのになぁ。

そんなことを考えながらぼんやりしていると国広が軽く音を立て唇を重ねてくる。

ガキの口付けではなく俺の好む触れ方を熟知した国広ならではの、国広にしか出来ないキス。

国広にしかさせない、キス。

「どうしたの?兼さん。何かぼんやりしてますね……少しお酒が過ぎましたか?」

「……何でもねぇよ」

いつもと変わらないつもりでも、こいつには俺の状態なんて手に取るようにわかるらしい。

さっさと風呂に押し込もうとしていた手を休め、国広は寝転がっている俺の手から書類を取り上げ卓の上に戻すと俺の頭を自分の膝の上に乗せて右肩に流すようにまとめたばかりの髪をゆっくりと編み始めた。

ぼんやりしている俺が少し目を覚ますまで傍にいる間、俺の髪を弄るつもりなんだろう。

どうしてだかわからねぇが、俺はこいつの手に髪を弄られるのがとても好きだ。

眠いのともまた違う、少しぼんやりとした思考で俺は髪に触れる国広の指の感触を適当に頭の中で追いかける。

何がどう他のやつと違うのか俺にもわからねぇが、髪に触れられるとよほど親しい相手でもねぇ限り大体イラッとする俺がこいつには好んで触れて欲しいと思う。

まぁ、髪だけじゃなくどこを触れられても心地がいいのは変わらねぇんだが。

そこまで考えたとき、俺はじっと国広が見つめているのに気がついた。

自分の思考を読まれたか?と内心ギクッとするがそこは年上の余裕ってもんを見せつけて知らん顔でどうした、と尋ねる。

「あのね、ぼく、こないだ健康診断があったんですよ」

「あぁ、そういやそんなのあったな……俺は来週だわ」

「そのときにね、身長が5センチ伸びてるってわかったんです」

「……ガキの成長速度ってのは早いなぁ」

嬉しそうなにこにこ顔で俺に報告してくる国広につい本音をぼそっと呟くと、間髪入れず髪を引っ張られ軽く頭をはたかれた。

意外と手が早くて俺に対して容赦ないところも、こいつがいつの間にか変わったところだ。

俺が髪を大事にしてんのわかってるくせに、と文句を垂れようとした唇にまた国広が吸い付き、今度は互いの温度を与え合うように何度か角度を変えて口づけを与えられる。

目つきはいつものように少し細めて俺を見ていて、唇はそれとは貪欲に俺を求めて時々舌を絡ませ吸い上げて。

この一つ一つは、長い時間をかけて俺が国広に教えたものだ。

与えられる口づけの気持ちよさにゆっくりと目を伏せながら、俺はぼんやりと考える。

何も知らなかった国広が、俺に惚れて俺を口説いて。

キスの仕方も、男の愛し方も、言葉ではなく俺の反応を見ながら覚えた国広はいつの間にかその中に自分なりのやり方を見つけそれを身につけ、今度は自分のやり方を一から俺に教えていった。

おかげさんで俺はすっかりこいつのやり方にハメられたわけだ。

「さぁ、そろそろお風呂に入りますよ?」

国広の言葉に、そういや元々その予定でこいつは俺に声をかけに来たことを思い出す。

酒飲んだ後はもう動きたくねぇんだが、風呂に入らずに寝るのは嫌いだ。

しょうがなく起き上がろうとした俺の視界に入るのはいつの間に上半身裸になっている国広の姿。

咄嗟に口元に手の甲をあててこいつに見られる前に顔をそらそうとするがそういうときに見逃してくれるほど優しくもないわけで、うちの旦那は。

細いがしっかりと筋肉のついた腕で俺の手を掴み、「何で顔そらしちゃうの」と国広は声をたてて笑う。

「昔から風呂にはよく一緒に入ったでしょ?何で今更照れたりするんです?不思議な人だなぁ」

「……いろいろあんだよ、大人の事情ってもんが」

細くても鋼みてぇに鍛えた身体が、若いのもあるのかすげぇ綺麗だとか。

そのくせ俺を抱くときにはとんでもねぇ意地の悪いことをしてくるんだとか。

いろんなことを思い出すとどうにもいつものポーカーフェイスが保てなくなってくる。

だから、さっさとその手を離せ。

手を振りほどこうとしても、俺が本気でかからなければびくともしないくらいに国広は力も強くなった。

ガキだガキだとつい最近まで思ってたつもりだったが、こいつは実はうちの仲間内では一番上層部からの認定レベルが高い。小さい身体と少ない体力を補うために素早さと力をギリギリまで高めた国広の刀さばきは、自分の防御に自信がないことを補うために誰よりもギラギラとした攻撃特化型だ。

俺は勿論、うちのいわゆる一軍メンバーと言われる主力部隊の連中でも1vs1で戦うならかなり苦戦するだろう。

いつの間にこんなになっちまったのかね。確か出会ったばかりの頃は女の子みたいな顔立ちをした絶世の美少年、って感じだったはずなんだが。

何となくいろんなことを考えていると不意に国広は俺の手をとって軽く握った。その手をすっと自分の細い身体に触れさせる。

とくん。自分の心臓が少し早くなったように感じて、俺はせめてそれが顔にでないようできるだけ平静を装い、だけどいつ触れても気持ちいいほどに綺麗についた薄い筋肉をそっと指でなぞる。

「兼さんとね、どんなときも一緒にいたいって思って夢中で鍛錬してたら、いつのまにかこんな身体になっちゃいました」

こいつが俺専用のエスパーなのか俺がこいつの前では自分の考えを顔に出し過ぎなのか。どっちだか知りたくもないが国広は自分の身体を俺の手に軽く触れさせてにこりと笑う。

滑らかな肌とそれに全く似合わない、細いが筋肉がついた身体は見事、としかいいようがない。

俺も仲間たちも、そりゃ実戦で鍛えてあるしそれなりに見栄えのいい身体をしてるはずなんだが、このまだ成長しきっていないような少年じみた顔立ちや身長とのアンバランスさでいえばこいつが一番だと思う。

一時期は妬みもだいぶ買い、どれだけレベルが高くてもその身体では実戦の役に立たないのだと陰口を叩かれていたようだが今となっては文句を言うやつもいなくなったようだ。

ようだ、というのは俺がそこに直接介入していないから。

自分で何とかします、というので放置しておいたら、いつの間にか国広は見事に自分の力だけで妬みも陰口も全て吹き飛ばしてしまった。

そういう何処か芯のある性格は、こいつがまだ女の子みたいな見かけをしていたときからなんだけどな。どんなに細くても可愛く見えても、こいつは俺と一緒に元の主を守ったいっぱしの刀だ。

「兼さん?」

また俺はぼんやりとしていたらしい。今度は少し心配そうに、国広はどうしたのかと俺の顔をじっと覗きこんできた。

別に何もない、と答える代わりになぁ、と呼びかけると、はい、といつものように首を傾げて国広は俺を見つめる。

「俺のどこに惚れた?」

「そういうわけのわからない質問をいきなりぼくにしてくるところ」

にっこり。

向けてくる笑顔はまだ出会ったばかりの頃の、どこか子供っぽい顔を残してて。

だけどそこに確かに流れるのは自分の実力に対する自信と、俺への気持ちに対する自信。そして俺からの気持ちに対する自信。

自信持たれるのは構わねぇが少し腹が立つ。あんなに可愛かった美少年はどこにいったんだコラ。

じろりと睨む俺の視線をどう解釈したのか、また俺の髪をいじりながら国広は暫く考えこんだ。

そうですねぇ。

のんびりと考えていた国広が、やがてゆっくりと口を開く。

「我儘で、意外と子どもで、任務以外ではぼくに世話を目一杯させて怠惰に生きていたいと思っていて、お酒が大好きで、割と喧嘩っ早くて、面倒くさがりで、ぼくを困らせるのが趣味で」

「おいこら」

「美意識が高くて、プライドが高くて、いつも余裕があって、大人で、ぼくが居ないなら居ないなりに何とかなる程度にはほんとは何でも出来て」

「……ふん」

「それなのにぼくにあれこれさせるのが大好きで、ぼくにだけは甘えたで、時々変な風に考えこんで、でもぼくにちゃんと手を伸ばしてくれて、ぼくのことが大好きで、ぼくも兼さんが大好きで」

最後辺りは質問の意図を完全に離れてんだろ、おい。まぁいいけどよ。

無意識のうちに、俺は国広の胸に触れていた手を背中に滑らせて自分の顔を国広の胸に押し付けた。

何も言わず、国広はいつものように俺の頭をしっかりと抱き寄せてくれる。

どこにでも一緒にいきたい、と俺と一緒に居るためにその細い身体に過剰なほどの鍛錬を積んだ国広は、今では誰が見ても俺と一緒に攻撃の中心としてみんなが認めるほどの実力を身につけた。

周りがこいつを認め、こいつが楽になったこと。それは確かに嬉しい。

でも俺は。

「……お前は俺にだけ認められてればいい、国広」

「はい。わかってますよ、兼さん」

最初は俺の手伝いをしてくれる便利な小間使い程度の認識しかなかった。

そいつが俺の副官のような仕事をし始め、一緒に戦場で戦い、戦いが終わっても同じ部屋で俺の髪を結い、そして俺を抱いて。

今では、俺のほうがこいつを求めてどうしようもなくなっている。

「兼さん、お風呂に入りましょう?ぼくも一緒に入りたい」

「……あぁ」

せっかく沸かしてくれた風呂が勿体無いもんな。

国広の胸から顔をあげようとするとそうじゃないです、と今度は国広が俺の頬を両手で挟んだ。

そうじゃない?と首を傾げる俺に、また触れるだけの口づけを落とし、透き通った青い瞳で俺の全部を見通すようにじっと俺を見つめる。

「お風呂、入ったら兼さんのことが欲しい」

「……そういうの、いちいち言わなくていいっつってんだろ」

真顔でこいつに求められると返事のしようがなくなるからやだ、と理由は話さないが嫌なことは伝えてあるのに国広はまた俺の言葉に声をたてて笑い出す。

「言われるの、ホントは嫌いじゃないでしょ?兼さん」

「……煩い、いくぞ」

一つだけ確かなことは、俺を見て育った国広は時々かなり意地が悪い。

元々はかなり素直な少年だっただけに自分の教育が大きく間違っていたことを痛感しながら、俺はにこにこ楽しそうな国広の頭を軽くはたいてから先に風呂場へと歩き出した。

「先に入ってる、来たければ来い」

「はーい」

返事だけは昔と変わらず素直なんだけどなぁ。

もう数年すれば俺の身長を追い抜いてしまうかもしれない国広の頭を今のうちに撫でて成長を妨害してやろうなんて思いながら、俺は風呂に向かって歩き出した。




[6] (無題)

投稿者: 銀朱 投稿日:2015年 2月 8日(日)18時50分51秒 FLH1Aay036.ngs.mesh.ad.jp  通報   返信・引用   編集済

「……なーにやってんのかな、君は」

「……あ」

目が覚めた視界に最初に入ってきたのはにこやかな光忠の笑顔。

こんなに間近にこいつを見る理由などないはずなのでこれは夢でも見ているのだ、と判断して目を閉じようとした兼定の頬を光忠は軽く引っ張った。

軽くといってもしっかりと爪を立てるその的確な痛みの与え方に、戦いには慣れているはずの兼定も仕方なく目を開いてその手をおもいっきり払いのける。

「ってぇなおい!」

「現実逃避するのはやめてくれる?君が新人指導の最中に倒れた、なんて聞かされたら来ないわけにはいかないでしょう」

一応これでもここのメンバーの管理は僕の責任なの。

光忠の言葉にふん、と兼定は鼻を鳴らしてもう一度布団に身体を埋めた。

何となく、のぼんやりとした思考で記憶を辿っていく。

ある程度一軍入りの長い、つまり戦においてそれなりの武勲を立てた人間は出動任務がないときにそれぞれ自分に協力できる形で新人や若い子たちの育成を手伝うことになっている。

当然ほぼ常に一軍として動いていた兼定にもその義務があり、今日は新人のために道場で指導していたはずだ。

つまり、その指導の途中で?

「そういうこと」

兼定の思考を読んだのか、光忠は笑顔を向けながらそれでもどこか心配そうに兼定の額に置かれた手拭いを取った。触るよ、と一声かけてから熱をはかるように額に手をかけ、やれやれと小さく溜息をつく。

「熱なんかねぇぞ、光忠」

「だから溜息ついてるの。身体の調子が悪いわけでもないのに君が倒れた、なんてさ」

もっともな光忠の言葉に兼定は返す言葉を失った代わりにふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

しかし自分が倒れたと聞けば真っ先に来るはずの相手が居ないことに少しだけ違和感と……不安を持つ。

「安心しなさい、国広くんなら大倶利伽羅が連れだして今は留守だよ。多分2時間は戻らないと思う」

「……俺は何も言ってねぇよ。つか国広に言うんじゃねぇ」

「もう知ってるんじゃない?僕らが到着したときには新人たち、みんなで大騒ぎしてそこら辺じゅうの人間に助けを求めてたから」

あまり歓迎できない事態に、返事を返さないまま兼定はちっと舌打ちをした。

どうせ隠せるほど大きな組織でもないため国広にバレるのはどうせ時間の問題。

わかっていても、できればその時間を引き伸ばしていたかったのだが。

そんな兼定を無言で見つめていた光忠が不意に兼定が寝ているベッドの傍から離れた。

帰るのか、と欠伸をしている兼定の思いをよそに2人がいる救護室の扉に本日はもう受付終了、の札をかけ、中からカーテンをかける。勿論鍵をかけた上に外からすぐには開かないよう内鍵をかけ、外に向いた窓にもカーテンをかけて全て遮断し。

何をしている、と首を傾げる兼定に、もうすぐ終わるよ、と声をかけ、外からは完璧に入れないよう何度か点検を繰り返してから光忠は兼定が寝転がっているベッドへと戻ってきた。

足元においていた紙袋を大事に持ち上げ、兼定にちらりと見せてから中から変わった形の瓶と2つのグラスを取り出す。

その手に握られた瓶を満たしているのは、兼定も見たことのない深い琥珀色の西洋の酒。

「コニャック、というらしいよ。日本酒よりずっと強いんだって」

「……そんなもんどこで手に入れたんだ」

「それは内緒」

君にルートを教えると根こそぎ買っちゃうからね。

光忠の言葉に、確かに気に入れば全て買い占めてしまうような独占癖のある兼定はじっと黙りこむ。そんな兼定を笑いながら、光忠は兼定に「持ってて」と瓶を渡して準備を始める。

その準備は、どう贔屓目に見たところで酒盛りの準備だ。

「……大丈夫なのか、こんなところで飲んで。一応人払いはしたようだが、それでも本丸に酒持ち込んで飲んでた、じゃ俺はともかくお前は立場やばいんじゃねぇの」

兼定の言葉に「勿論バレたらまずいです」とにっこり笑って返す光忠は、恐らくこれが初めての飲酒ではないのだろう。慣れた手つきで兼定の寝ているベッドの端にグラスを並べている。

「お互いの立場のために、ここから先はどうぞ秘密でよろしく」

「……俺にそいつをプレゼントしてくれるって話ならさっさと自室に持って帰るんで気にせず寄越せ、光忠」

「2時間、といってももしかしたら国広くんが早く戻ることだってあるかもでしょ。だから、ここで飲もう」

何しろ手に入りにくい特別なお酒なんだから楽しんで飲もうよ、とにっこり笑うと光忠は冷蔵庫の中から氷を取り出してきた。

それを2人のグラスに2つずつ入れ、酒をゆっくりと注いでからグラスを兼定に渡す。

「少し冷えてからのほうが美味しいらしいよ。ま、僕もまだ手に入れたばかりで飲んだことないんだけど」

「……ふん」

グラスの氷が小さく音を立ててぶつかり溶けていく。

それをじっと見つめてから兼定はそれを少し口に含んでみた。

普段飲んでいる日本酒とは全く違うその香りと強いアルコールに少し目を見開き、ゆっくりと喉を鳴らして飲み込む。

「……美味いな」

「そうだね。すごく強いみたいだけど、僕らなら十分楽しめそう」

ツマミも何もないのは勘弁してね。

楽しそうに笑う光忠に、兼定は小さく肩を竦めると再びそれを口に含んだ。

西洋の酒には慣れていないがそれでも普段から酒を飲んでいる口の中はすぐにそれに慣れてまろやかさと美味しさを感じ始める。

そのまま暫くの間、2人は互いに無言のままゆっくりと酒を楽しんだ。

カーテンをかけてしまい全ての光源を遮断しているため時間の経過も忘れ、ただ静かに酒をつぎそれを喉に流していく作業。

どれくらいたったころだろうか。

兼定は不意にくす、と小さく笑った。

どうしたの、と無言のまま目線を向ける光忠に、何杯目かわからないほど飲み慣れない酒を呷った兼定が唇を開く。

「……好き、と口にして犬っころみたいに触れ合ってるだけじゃ、そりゃたまんねぇよな、あいつも」

あいつ、の正体などいまさら聞かなくてもわかることで。

光忠はただ兼定の言葉に耳を傾けながらグラスに新しい氷を一つ浮かべまた酒を注いでやる。

ころんとグラスに当たる新しい氷を見つめながら、兼定は珍しく少し辛そうなーーー疲れたような表情を向ける。人に弱みを見せることなどありえないはずのその姿に、しかし光忠は急かすことなく相手が話し始めるまでじっと待ち。

「……俺を、欲しいと言われた」

注がれた酒をまた呷り、喉を潤し。

いくら普段から酒に慣れているといってもいつもと違うものを飲んでいるせいか、少しずつだが兼定の肌に薄い朱がまじり始める。

「あいつは俺がハジメテの相手らしい。だがこっちは散々遊んできた身だ。国広が何を考えているのか何をしたがっているのか、同じ部屋に居りゃ息苦しいほどわかっちまう」

「だろうね」

「そして、それが上手く行かなくて悩んでることも、な……」

それは辛いな、と光忠は苦笑しながら軽く手を伸ばして兼定の頭を撫でた。普段ならこれほど簡単に他人を寄せ付けないだろうが、新しい酒を飲んでいるからなのか、兼定はちらりと光忠を見ただけで再び目を伏せて溜息をつく。

「……俺がただのあいつの同僚、もしくは友達なら遊郭に連れていくなり自分の経験を教えてやるなりできるがよ」

「そんなことしたら国広くん、自分の経験のなさにますます萎縮しそうだなぁ……」

「あいつは真面目過ぎるから、そういう書物なりなんなりの知識もなさそうだし。あいつの周りにいる俺以外のやつらは、殆ど俺とも知り合いだし俺たちの関係を知っているから妙な相談をすることもできねぇんだろう」

「僕らが聞いてあげるっていっても、僕らはよくても君の立場もあるしねぇ……」

困ったもんだね、と光忠はまた兼定のグラスに酒を注ぐ。

明らかに早いペースだがそれでも気持ちを誤魔化すようグラスを空ける兼定は、普段ならいつ呼び出しを受けるかわからない身として節度を持っているがそれも忘れゆっくりと酩酊していく。

「国広が、上手くやろうとしてるのがわかっちまう。上手くやろう、兼さんに呆れられないようにしよう、ってな……そんなこと、どうだっていいのによ……」

「そうだね。そもそも閨のことなんて上手いとか下手とかそういうのは関係ないし……愛情表現の一つなんだから、上手いやり方なんて本当はないんだよね」

ぽんぽん、と頭を叩いていた手がいつの間にか兼定の背中に回された。

ゆっくりと背中をあやし、静かに一定のリズムで叩くことを繰り返していくうちに兼定の身体がゆっくりと崩れ始める。

兼定をあやし続けながら、光忠は医務室の隣に繋がっている小さな扉のほうを向き直った。

いつの間に開かれたのか、そこには大倶利伽羅に連れられた国広が緊張した面持ちで立っている。

し、と唇に指を押し当てて微笑みながら国広を呼び、光忠は兼定、と優しく声をかけた。

一気に普段飲んでいる強さの何十倍も強いアルコール度数の酒を飲みぼんやりとしている兼定が顔を上げるのを待って、そっと国広の手を取り兼定の手を取らせる。

「兼定、ここに国広の人形があるからさ?言いたいこと言ってみよう。きっとすっきりするから。ね?」

「……ん」

まだ話さないで。

国広に念を押してから、光忠はそっと兼定の耳元に大丈夫だから、と囁いた。

「人形に、全部言おうよ。さっき僕が部屋を締めたのを覚えてるよね?誰も居ないから、大丈夫。僕も耳を塞いでいるから。ほら、人形を抱っこしてみて?兼定……上手に言えなくていいから。思ったことを全部言ってみよう」

促されるまま、すっかり白い肌をピンクに染めて兼定は国広の人形、と言われた存在を抱き寄せた。

それを確認してからすっと光忠は離れる。

あったかいなぁ、と酩酊した口調で呟く兼定に、国広は光忠と大倶利伽羅が部屋を去ったのを確認してからその身体をゆっくりと抱きしめる。

とんとん。兼定の背中をいつも彼が好きだというリズムで叩いてやる。

それに何を思ったのか、兼定は「くにひろ」といつもよりも酔いの回ったたどたどしい口調で国広の名前を口にした。

「くにひろ」

「……はい、兼さん」

「お前が、他の誰とも遊んだことがねぇことも…俺が、結構な遊び人だったことも、変えられねぇんだ……」

「……はい」

「いまさら俺が、誰とも遊んだことないまっさらな身体になんて戻れねぇ……それにお前が、俺を初めて抱くのが恥ずかしいといったって、他のやつと練習なんかしてこられたら俺は……俺は、いやだ……」

「……はい」

「くにひろ」

ベッドに上半身を起こし立ったままの国広をぎゅっと抱きしめたまま、兼定は縋るような目で国広を見つめた。涙を流すことはしないがそれでもいつもより瞳が濡れている、どこか艶めいた兼定の目に動けない国広からそっと離れると、兼定はえんじ色の着物の襟に指をかけぐい、とそれを乱しはじめる。

「か、兼さん?!」

「くにひろ」

慌てて止めようとする国広を、兼定は酔いが回りしっかりと座ってしまった……しかしどこか挑むような目で見つめ名前を呼んだ。

「くにひろ、俺を抱け」

「……兼さん……」

「お前が思うように、好きなように俺を抱いてみせろ……お前になら何をされたってイイ。お前が欲しい」

真っ直ぐに、国広の理性を抉るように兼定の手は自ら着物を荒く乱し鍛えてはいるが飲み慣れない強い酒に薄く朱に染めた肌を露わにしていく。

そんな兼定の手を、国広はぎゅっと握りしめた。

離せ、と言いたげに暴れようとする兼定の身体を自分の細い身体でベッドに押し当て、唇を無理やり重ねる。

「兼さん……続きは、ぼくにさせて?」

国広の言葉に、身体を大きく動かし抵抗していた兼定がぴたっと動きを止めた。

真意を確認するような兼定の視線に自分も真っ直ぐに見つめ返し、国広は淡い朱に染まる首筋に指を滑らせながらゆっくりと肩にかけられただんだら模様のマントを外す。

「こんなところで申し訳ないですけど、もうぼくも我慢できないんで……兼さんを、全部もらいます」

「……ん、わかった」

肩から脱がされた右腕をあげ、兼定は自分の目を隠すようにその腕で国広の視線から逃げた。それでも国広の手の動きは止めることなく、なぁ、と目を隠したまま国広の名前を呼ぶ。

「……もし途中でやめたら、どんな理由であれぶっ殺す」

「勿論です……兼さんこそ、途中でやめてなんて言わないでくださいね?」

「はっ、言わせてみてもらいてぇもんだな」

「今からそうしてあげますから大人しくしててください?」

腕で隠した目許に、しかし兼定の唇だけは笑みを浮かべて国広を誘う。

その唇から早く余裕をなくさせてみたくて、国広は肌蹴られたばかりの胸板に唇を押し当て強く吸い付いた。




「結局今日は兼定、顔を見せなかったの?」

次の日は訓練中に倒れた兼定に休日を与えたため、そのフォローのため代わりに新人訓練へと出かけていた光忠は仕事を終えて寛いでいる大倶利伽羅の隣に座り込んだ。

「あぁ。国広が昼から任務に出かけているから念のため若いやつに様子を見に行かせたが、部屋には居なかったようだ」

「部屋に居ない、って何処か街にでも出かけちゃったってこと?」

「みたいだな」

休日は近くの街に出かけることも許されているため特に珍しいことでもなく、門番もそのまま兼定を通したらしい、と眼鏡をかけて書類に署名しながら大倶利伽羅は普段と変わらない口調で応える。

「大丈夫なのかな、あの2人……国広くん、任務は遠征?今日は帰ってこない感じ?」

「いや、今日は待機してもらっていたんだが急に近くに敵が発見されたんでそっちへ出向いてもらった。さっき全て終わったという報告も入ったから、恐らくそれほどしないうちに戻ってくるだろう」

「そうか……」

少し不安そうに息を吐く光忠に、大倶利伽羅はどうした、と顔をあげて光忠を見つめた。

「どうした、って、だってあんなに酔っ払った兼定なんて見たことなかったしさ。よっぽど辛かったのかなって」

「確かに酔ってはいたが、別に意識を混濁させるほど酔っ払ってはいなかったと思うがな」

「ん?どういうこと?」

「俺が国広を連れて続きの小部屋から入ったとき、一瞬兼定は俺のほうを見ていたぞ」

「……まさか。相当飲ませたはずだよ?持っていった洋酒、殆ど兼定一人で飲んじゃったし」

「あいつがあんなに酔っ払ったのは見たことがない、といったのはお前だろう。どれほど飲んだって常に任務に出かけられるくらいには切り替えられる、多分そういうタイプなんだろうな」

大倶利伽羅の冷静な言葉に、光忠は呆気にとられたように目を丸くする。

「うそ……じゃああのとき国広くんに抱きついたのは?」

「いい機会だと思って状況を利用したんだろう。どちらにせよ手詰まりな状況ではあったことは、俺も国広から聞いていたしな」

「じゃあ、何で君は今までそれを僕に言わなかったの!」

「俺と目が合ったとき、兼定はすぐに軽く首を横に振っていたからな。あれは黙っていてくれ、ということなんだろうと思ってお前にも黙っていた」

それにしても、と言葉を紡ごうとした光忠を止めるようにとんとん、と2人の部屋の扉が叩かれた。

どうぞ、という言葉で入ってくるのは国広で。

「すいません、朝からバタバタして任務に行っちゃったんでご挨拶が遅れてしまいました」

「いらっしゃい、国広くん」

光忠がどうぞ、と椅子を薦めるが国広はにこりと笑って首を横に振ったあとこれをお二人に、と綺麗にラッピングされた箱を渡す。

「……これは?」

「チョコレートボンボン、というんだそうです。ぼくが居ない間に兼さん、これを探しに街にいってたみたいで。ご挨拶ついでに持っていくように言われてお届けにきました」

「チョコレートボンボン?」

「西洋のお菓子で、すごく甘いお菓子にちょっとだけお酒が入ってるんですって。ぼくも食べたことないんですけど、これならお二人で食べられるだろうからって兼さんが言ってました」

甘いお菓子、と聞いて無言で大倶利伽羅はその箱を受け取った。胡座をかいていた膝の上でリボンを引いてそれをほどき、中から出てきた大粒の茶色い菓子をぽんと口にいれてみる。

「……甘い。が、確かに中にとろりとした酒みたいなものが入ってるな……」

「え、生地に練り込んだとかじゃないんだ?食べてみようっと」

甘いモノはあまり得意ではない光忠がそれを口にし、かり、と歯でそれを割ると中から流れてくる酒の匂いと味に幸せそうに目を細め。

「こんな美味しいものをわざわざありがとうね?ところで兼定は一緒に来なかったの?」

「はい、身体が痛いから任務以外でこれ以上歩きたくない、って部屋で寝てます。今朝も部屋まで連れて帰るの大変だったのに買い物なんかいくからですよ、自業自得です」

……身体が痛い、の意味を理解した2人が顔を合わせる中、国広は楽しそうにくすくす笑っている。

それは愛する人と身体を重ね自信を持った、しっかりとした旦那の顔で。

きっと当人以外には誰にでもわかるんだろうなぁ、と今後仲間内でどういう噂が立つかほぼ正確に予想した光忠は何ともいえない気持ちを心の中で味わう。

「じゃあぼくはこれで。早く兼さんのところに戻りたいので。あ、明日はぼくと兼さん、元々お休みが重なってる日なんでいろいろなご用はできる限りお断りします」

「あ、ちょっと!……あの、国広くん?」

休みが重なっていることは勿論把握してはいたもののあまりにも堂々とした国広の言動に兼定の今日から明日までの予定が全てわかってしまった光忠は思わず国広に声をかけた。

なんでしょう、とにっこり笑って光忠に向き直るところは、今までどおりの国広なのだが。

「一応、さ?言っておくけど兼定にあんまり無理はさせないように、ね?」

「え、でも大丈夫じゃないですか?だって兼さん、ぼくより身体大きいし。好きにしていいっていってたし」

「……そっか。じゃあ兼定によろしくね」

「はーい、今回はありがとうございました」

今の国広の足音にもしも擬音をつけるのなら、多分「ルンルン」とかそういう感じなのだろうか。

ぺこりと頭を下げて国広が出ていくのをじっと見送る。

「……国広くんに、抱かれる側のほうが身体をはるかに使うし辛い、ってこと、教えたほうがいいのかな?」

「別にいいんじゃないか?兼定から頼まれたわけじゃないし」

「……そうだね」

同じく殆ど閨の経験のない大倶利伽羅にはピンと来ないらしい返事に、なまじその年齢的なものと体力的な辛さを完全に理解できる光忠は一人心の中で兼定に手を合わせて。

あれは当分、あの2人に休日出勤を頼むのは無理だね。

明日の予定に「今後の2人のスケジュールに休日出勤をさせないよう組み直す」を頭の中で書き込み、早速ウィスキーボンボンを無言で頬張っている大倶利伽羅からそれをいくつかでも取り返すため光忠は兼定たちのことをあっさり自分の心の中に封印しウィスキーボンボン争奪戦へと向かっていった。





[5] (無題)

投稿者: 銀朱 投稿日:2015年 2月 8日(日)16時45分56秒 FLH1Aay036.ngs.mesh.ad.jp  通報   返信・引用   編集済

「大体お前に呼び出されるときはろくなことがねぇんだよなー」

解散と声がかかった仲間たちがそれぞれ背中を向けて歩き出す中で声をかけられた兼定は思いっきり不満そうな表情を浮かべて自分を呼び止めた相手を睨みつけた。

任務後に本丸の指揮官室などに残っていたいという連中は仲間内に誰一人として存在していないため、必然的にこの部屋に残ったのは特別にあてがわれた椅子に腰を下ろして書類に目を通している大倶利伽羅とその彼に呼び止められた兼定だけだ。

そんな状況の中、大倶利伽羅のほうは特に表情を変えることなく「今夜の宿直の件だが」と口を開く。

「宿直?ほぅ、お前にしてはまともな用事だな。どうした、俺は当番じゃねぇはずだが誰か怪我人でも出たのか?」

「怪我人ではないが任務を交代してもらえないだろうか」

「別にいいが、誰とだ?その相手によっちゃ俺では役者不足になるぞ」

石切丸さんたちや岩融の代わりはできねぇぞ、仕事的にな。

念を押す兼定に、大倶利伽羅は表情を変えることなく「俺とだ」とそっけなく告げる。

「お前と?なんだ、外せない用事でもあるのか?」

「光忠が、今夜俺を初めて抱きたいそうだ」

「……お前らの初体験のオハナシなんざ俺ぁ何の興味もねぇんだが」

やっぱりろくなことにはならなかった。

呼び止められたときに全力で拒否してさっさと退散すればよかった、と兼定のこめかみに怒りの皺が寄る。その兼定に軽く肩を竦めると仕方ないだろう、と特に感情のこもらない声で返事をすると大倶利伽羅はいくつもの書類がまとめられた机の上から特に急ぎのもの、自分にしかわからないものだけを選んで目を通していく。

「文句なら何だか勝手に計画を立てている光忠に言ってくれ。俺は別に今夜にこだわる必要は全く感じない」

「じゃあ何で今夜なんだよ」

「光忠曰く、元の主のところで俺と光忠が初めて出会った日、なんだそうだ」

「……乙女だねぇ」

「全くだな」

呆れ果てた声で兼定は呟く。

まぁ遊んできた人間のほうがかえってそういうのにマメなところはあるかもしれねぇが、と大倶利伽羅にバレないようぼそりと呟いたところで、ふと兼定はさっきから気になっていることを聞いてみようと大倶利伽羅の名前を呼んだ。

書類から目を離さず何だ、とだけ答える大倶利伽羅の顔を、彼が使用している机の隅に腰掛けてじっと覗き込む。

「……お前、全く動揺とか?何もしてねぇんだな」

「そうだな」

「……初めてじゃなかったっけか?抱かれる側は」

「そうだな」

「……お前、大丈夫か」

あまりに素っ気ない様子に少し驚いたように目を見開き、兼定はじっと大倶利伽羅を見つめた。

その問いかけにようやく大倶利伽羅は顔をあげ、いつもとあまり変わらない表情で兼定を見つめ返す。

「大丈夫か、って何がだ」

「いや、別に興奮しろとかドキドキしろっていうつもりはねぇんだがよ。ちょっとは何かねぇのか?前は俺に相談してきただろ。どうすりゃいいのかー、とかよ」

兼定の質問に大倶利伽羅は近くに置いてあった銀縁の眼鏡をすっと嵌めると再び書類の細かい文字を追い始めた。兼定がそれを覗くとどうやら自分に任せるための今夜の指示書らしいとわかり、文句をいうことなく暫くそれを待つ。

5分ほどかけて全ての手続きを終わらせると、大倶利伽羅はその書類を兼定に手渡した。兼定は適当に目を通し、それを受け取り目を通したという証明に自分の名前をサインして大倶利伽羅に返す。

「はい、手続きは完了っと。んじゃ今夜はハツタイケン頑張ってこい」

書類を受け取りひらひらと手を振る兼定が背中を向けようとすると今度は大倶利伽羅のほうが兼定、と呼びかけた。

「なんだよ、今度は」

「お前、閨の経験は?」

いきなりの質問に、兼定は眉間に深い皺を刻んで大倶利伽羅の真意をはかるようにじっとその目を見つめた。しかしそれが興味本位のものではなく先ほどの自分の問いかけに対する答えを彼なりに返そうとしているのだろう、と見て取ると再び相手の前にある机の上に腰を下ろして自分の懐から煙草を取り出す。

「そりゃまぁ、抱く側なら」

「その経験からいくと、初体験というのは大変なものか?」

「そうだな、まぁ俺が知ってる限りは」

「なるほどーーー俺は抱く方も抱かれる方も、知らない」

「ッ……はぁ??!」

煙草に火をつけようとして兼定は思いっきり自分の舌を噛んでしまった。痛い、と思う暇もなく爆弾発言をしてくれた相手をじっと見つめる。

「……本気でいってんのか、大倶利伽羅」

「色恋には興味がなかったんでな」

「そらまぁわからねぇでもねぇが……それじゃ余計に怖くねぇのか。ハジメテなんだろうが、光忠に抱かれんのは」

「わからないものをどう怖がれというんだ」

あっさりと大倶利伽羅は肩を竦めた。

そのあまりのあっさりさに兼定はまぁそりゃごもっともで、と気の抜けた様子で生返事を返す。

「俺にどちらの経験もないことは光忠にも言ってあるし、光忠がそれでいいというのなら俺が悩む余地は特にないだろう」

「……抱かれるのはいやだ、とか、逆がいいとか、そういうのもないのか」

「逆?」

兼定の問いかけに大倶利伽羅はふ、と笑った。

「俺は、光忠が好きだ。その光忠が抱きたいというならそれでいい。抱いてくれというならそれでもいい」

「……へいへい、そりゃごちそうさまでした」

もう付き合ってられねぇよ、と兼定は腰を下ろしていた机から立ち上がった。

「とりあえず今夜は任せておけ、ハツタイケンの邪魔して恨まれるのはゴメンだからな」

「気にしなくていい。身体を空けておかないと光忠が煩いからお前に頼んでおくが、何かあれば呼び出してくれ」

「要するにお前からは恨まれねぇが光忠からはバリバリ恨まれるっていうフラグじゃねぇか、そりゃ」

呆れたようにひらひらと手を振りながら兼定はもう行くわ、とうんざりしたように背中を向けて歩き出した。





「……とりあえず兼定を殴ってきていいかな?大倶利伽羅」

狙ったように第二部隊が任務失敗し、急ぎ第一部隊をフォローに向かわせつつ新人たちの教育にちょうどいい程度の敵が現れたのでそちらにも熟練者に引率させて訓練として新人を中心とした部隊を出動させ。

「その他にもなんだっけ?急に本丸のトイレがつまったのと?見回りを担当させている子たちに任せるのはちょっとだけ不安な敵がたまたまうろうろしているのを見つけてしまったとか?今日に限ってみんないろいろ見つけ過ぎ。せめて明日にしてくれればいいのにさ……」

前々から計画し、休みを調節してまで近くの宿屋に部屋を用意していた光忠の珍しく不機嫌そうな口調に大倶利伽羅はやめとけ、と小さく笑った。

「別に兼定が引き起こしたわけじゃない。むしろ上手くやってくれただろう」

「まぁそうだけどさ……それにしたって今日一日くらい静かにしてくれないかな、敵さんたちも」

今度は標的を敵に移したらしい。

あまり不平不満を口にするタイプではない光忠の珍しい態度と言葉に大倶利伽羅は面白そうに目を細める。

呼び出された時点で兼定が全て采配して光忠と大倶利伽羅に少し手間はかかるが近場で済ませることができる仕事を割り振ってくれたため、時間的には少々かかってしまったが何とか日付が変わるギリギリの時間に自室に戻ってくることが出来た。

しかしそれだけでは収まらないらしく、光忠は暫くの間ぶつぶつと思いつくありとあらゆるものに文句をつけていて。

「……なに、大倶利伽羅」

「いや、なんだか機嫌が悪そうだなと」

「そりゃ悪くもなるよ。だって君と初めて閨を共にするって決めてたのに」

いまさら用意していた宿屋に向かうにはいくらなんでも遅すぎる時間。
ろくに食事を取る暇もなかったため、結局はいつもの通り食堂からの差し入れである握り飯を口にしたくらいで。

そんな言葉を並べる光忠を少しの間見つめていた大倶利伽羅はすっと手を伸ばすと光忠の首筋に自分の腕を絡めて抱きついた。

あまり自分からそのようなことをしない大倶利伽羅の行動に驚いている光忠に、「今からじゃダメなのか」と少し首を傾げて大倶利伽羅はじっと見つめる。

「……ダメじゃないけど、でもいつもの僕らの部屋で、食事も何も用意できなくて……」

「それでいい」

「……大倶利伽羅?」

「光忠」

どういうこと、と尋ねようとした光忠を遮るように大倶利伽羅は首筋に抱きついたまま視線を合わせ光忠を呼んだ。

至近距離でまっすぐに見つめ、いつもと変わらない表情のままだがどこか柔らかく笑っているようにも見える。

「出会った記念日だか何だかは過ぎたようだが、俺は最初からそんなものどうでもよかった」

「……そうなのかい?」

「特別なものなど何もいらない。いつものままでいい。光忠が居ればいい」

「……大倶利伽羅」

光忠の目がじっと大倶利伽羅を見た。いつもと変わらない様子のまま、それでも光忠と一緒に居ることをただ求めている大倶利伽羅に光忠はふぅ、と息を吐く。

「……ごめんね」

「何も謝ることはない。俺が何も知らないから、といろいろ気を使ってくれたことはわかっているし感謝している。その上で、何もいらないから、といっているだけだ……俺は、お前だけでいい」

「……そういう風に言われると、止まらないんですけど」

「だったら止めなければいい」

大倶利伽羅は胸ポケットから小さな紙片を取り出し光忠に渡した。事務室に提出する書類の写しらしいそれになにこれ、と光忠はじっとそのくしゃくしゃになって読みにくい紙片をじっと見つめる。

「ここに戻る前に兼定から渡された……明日の午前中まで俺たちは過労のため部屋から出られないのだそうだ」

そこにあるのは、兼定なりに丁寧に書いたらしい二人分の休みの申請書。

「……そんな暇、あった?あの騒ぎの中?」

気が回るといえば回る、しかし予想していなかったことに光忠はその申請書を大倶利伽羅の手から取るとざっと目を通した。

確かに今夜の急な任務で休みを返上したことになるため、休みをずらす形で明日の午前中くらいまでなら休みを取ることは可能だろうが、それにしたって。

過労、ねぇ。

ある意味兼定らしい理由のチョイスにくすっと笑う光忠に、大倶利伽羅はそんなことより、と今度はどこか面白がるような表情を浮かべて至近距離で光忠を見つめる。

「とりあえず明日の午前中まで時間はあるようだが、閨を共にするというのはそれほど短時間で済むものなのか?だったら明日早めに任務に出るから、と事務室に連絡しておくが」

当人に自覚がどれほどあるのかわからないがーーーわからないからこそその面白がるような、余裕の表情に光忠はゆっくりと大倶利伽羅の身体へ自分の身を預けるとそのまま布団の上へと押し倒した。

そのまま上から大倶利伽羅を見下ろし、光忠はにこりと笑って片手でその頬を撫でる。

「……大倶利伽羅、わかってて僕を挑発してるのかな?」

「さぁな」

真意を見せないのはいつものこと。それでも大倶利伽羅の表情がいつもよりもどこか楽しそうで事態を面白がっているようにも見えて光忠は口端の片方をあげて軽く唇を重ねる。

すぐに離れ、また距離を取り見つめ合い。

「その余裕、今から崩してあげるね?大倶利伽羅」

「期待しておこう。何なら俺がかわりに抱いてやってもいいが」

「何処でそんな口のききかた覚えてきたんだか」

愛しあい求め合っているのは当然で。

その上互いが挑発し合えるのなら、それもきっと2人のやり方。

そんなことを思いながら、光忠は鼻先が触れるほどに顔を近づけると相手の目を覗き込みながらゆっくりと宣言した。

「……挑発上等、乗らせていただきます」



[4] (無題)

投稿者: 銀朱 投稿日:2015年 2月 6日(金)15時46分18秒 FLH1Aay036.ngs.mesh.ad.jp  通報   返信・引用   編集済

二人の無事の一報が入ったのは遠征に出かけていた第二、第三部隊が本丸に戻り、仲間たちが全員揃ったすぐ後のことだった。

その一報で一気に士気があがる仲間たちを、実際に現場で指揮したのは国広くん。

普段は自分の力を誇示することなどしない彼だけど、今回は彼の実力をはっきりと認識できない連中を実力で叩きのめして自分の力と意思を周りに納得させたらしい。何度敵が襲撃してきても、常にそれを迎え撃つ部隊の中心メンバーとして敵を片っ端から撃破していったそうだ。

上半身に傷を負って刀を振るえない僕はその現場を見られなかったけど、一緒に戦った同僚たちは口を揃えて怖かった、といっていた。

まぁ兼定にあれだけ活を入れられたらねぇ。

そして無事の一報から更に半日後。

殆ど怪我も負っていない大倶利伽羅が僕のいた指揮官室に入ってきたとき、僕以外のみんなは一気に歓声をあげた。

「大丈夫か?」

「まったく、心配させやがって」

「案外怪我もなさそうで安心した」

無事な帰還を喜ぶいろんな言葉が投げかけられる中、大倶利伽羅はいつもと変わらない様子で言葉少なく、だけど声をかけてきた一人ずつに返事をしている。

その姿を椅子に座ったまま、僕は少し離れた場所でぼんやりと見る。

特に任命されたわけではないけど、みんなの中から自然とリーダーに選ばれている大倶利伽羅がこうして無事に戻ったことで、みんなの士気が一気にあがるのは当然の話だと思う。

よかった……無事に戻ってきたね、大倶利伽羅。

いくつかの指示を出している大倶利伽羅の声を聞きながら、僕は張り詰めていた気が緩んでいくのを手に取るように感じた。

視界が、少しずつ白くなっていくのを感じる。なんだかふわふわとした気分は、変な安心感があるというか……。

「……光忠?」

あれ、どうして大倶利伽羅の声が心配そうなんだろう。

心配していたのは僕のほうのはずなのに。どうして……。

大倶利伽羅の腕が僕の身体を抱え上げたのを感じてから、僕は自分の意識がプツン、と途切れるのを感じた。




「……一時的な貧血状態、なんだそうだ」

次に僕が目を開いたとき、最初に飛び込んできたのは見慣れた自室の天井。

どういうことだろう、と敷かれた布団の上で身体を起こそうとすると傍にいた大倶利伽羅がすぐに手を伸ばして寝ていろ、と僕の身体を布団に押し付ける。

「怪我をおして指揮をとっていたのだから、とみんな思っているようだ。俺に休養を取るついでにお前の面倒を見るよう言ってきたんで俺がお前をここに運んだ」

「……ごめん。でも指揮官がいないと……」

「残りの敵は、国広を中心とした部隊とそれに合流した兼定が現在掃討しているから特に指揮官である俺たちがあっちに戻る必要はないそうだ。どうしても必要になれば呼ぶからそれまでは大人しくしていろ、と三日月さんから引導を渡された」

珍しく状況を長々と説明してくれる大倶利伽羅は、もしかしたら僕がここで寝ていても大丈夫だということを僕に納得させたいのかもしれない。

布団の上にもう一度身体をゆっくりと横たえた僕は、手を伸ばして大倶利伽羅の手を掴んだ。

僕の枕元に座った大倶利伽羅は黙って僕の好きなようにさせている。

握った手から感じるのは、大倶利伽羅の体温とそこに確かにいるという存在感。

僕たちがまた一緒にいる、という安心感。

「戻ってくる間に、兼定からある程度の説明は受けた」

少しずつ大倶利伽羅の存在を感じていた僕は、その言葉にびくん、と肩を震わせる。

「……何か言ってた?兼定」

「状況説明と、それに付け加えた一言だけ」

「一言?」

「『バカ旦那を叱ってやるのも嫁の大事な仕事』と」

その言葉に僕は自分の醜態が全て大倶利伽羅に知られていることを自覚する。

黙り込んだ僕の手を強く握り、大倶利伽羅はこっちを向け、と低い声で僕を呼んだ。

口を閉ざしたまま僕が彼の顔を見上げると、大倶利伽羅は小さく溜息をついて。

「何をやっているんだ、光忠」

決して声を荒らげたりはしないけど、大倶利伽羅なりに少しだけ僕を叱るような口調に、僕はぎゅっと目を閉じる。

「子どもを育てている巣を敵に攻撃されたとき、わざと派手に怪我をしたふりをして敵の前に飛び出し敵を引きつけて巣からできるだけ遠くへ敵を誘導する親鳥がいる。親鳥はその敵と戦うのが目的ではなく、ただ自分に注意を向けさせ巣から遠くへと誘導したいだけ。敵と真正面から戦わない以上、親鳥にそれほど大きな危険性はない」

「……」

「俺たちが敵に急襲されたとき、敵は岩陰に隠れていただろう。そして近くには水の気配がした。岩陰と水、自分の身体を隠すには絶好の場所だ。だから俺はあの場所でお前たちに本丸へ戻るよう指示した」

敵を自分のほうへ引き寄せ、僕らを本丸に戻す。

その後は敵が待ち伏せに使っていた岩陰や水、もしかしたら池とか小川なのかもしれないけど、そういうものを利用して身を隠し敵をやり過ごしてから自分も本丸へ戻る。

それで兼定は僕に『大倶利伽羅と別れた場所』を聞いてきたのか。地形を確認したかっただけじゃなく、大倶利伽羅の意図を確認するために。

説明されればーーーいや、冷静に判断できていればあのときの僕にだってわかっただろうシンプルな作戦に、僕は穴でも掘って消えてしまいたいほどの恥ずかしさを感じる。

「俺の目的はただお前たちを敵の目から逸らして本丸に戻すこと。本丸に戻れば、あとはお前がみんなをまとめて何とかしてくれる、と思っていた」

「……ごめん」

「今回は兼定が迎えに来たが、もし誰も来なかったとしても俺は元々あんな場所で一人討ち死にするつもりなんか全くなかった。今回より時間はだいぶかかっただろうが、ちゃんと戻るつもりも算段もできていた」

「……ごめん」

「本丸と仲間たちは、お前に任せれば大丈夫。そう思ったからあのときお前にみんなを任せたんだが、俺の判断は間違っていたのか?」

「……ごめん」

謝ることしかできない僕の手を、大倶利伽羅は少し強めに引き寄せた。僕は身体を起こしてその手に従い、大倶利伽羅の胸に頭を預ける形で抱きしめられる。

「もう少し、信じてくれないか」

決して咎めるような言葉じゃないけど、大倶利伽羅の言葉は僕の心にぐさっと突き刺さる。

「お前を一人残して死なない、なんていうつもりはないが、こんなに簡単に別れを選ぶと思ってほしくはない」

「……うん」

「信じてくれるなら、それを裏切らないよう最大限の努力をする……必ず、とは言わないが、ちゃんとお前の傍に戻るから」

「……うん」

「……いい加減、泣くのはやめてくれないか」

大倶利伽羅の声に、少し困ったような色が混じる。

自分が泣いていることに全く気がついていなかった僕がびっくりして自分の目を慌てて擦ると、それを待ってからもう一度僕の頭を抱きしめてくれる。

武人としての差、ということではないから、今回大倶利伽羅は僕を叱ってくれた。それが今の僕にはよくわかる。

もし武人として僕にそれが望めないのなら仕方ないけど、冷静に状況を判断し大倶利伽羅を信じていたら今回の僕の醜態は晒さずに済んだはずだ。

だから、それはダメなのだと大倶利伽羅は言葉にしなくても僕を抱きしめるその態度で僕を叱ってくれる。

自分を信じてくれ。

それが大倶利伽羅が僕に望む、たった1つのこと。

「……今回は、『百花繚乱』という名前の酒を何としてでも手に入れてこい、だそうだ」

不意に思い出したように大倶利伽羅がぼそ、と呟いた。

百花繚乱、という酒の名前と大倶利伽羅の少し嫌そうな声に、誰が言ったのかすぐに分かって僕はくすっと笑ってしまう。

「兼定だね?百花繚乱って年間製造数が200本以内って噂の、すごく手に入りにくい銘酒なんだけど」

「それを2本寄越さなければ光忠が泣いていたことをみんなにバラしてやる、と脅された」

一体なんの脅しなんだろう、それは。

向こうで合流して戻ってくるまでの間、別に真剣に軍議をしろとも交友を深めろとも言わないけどもう少し他に話すことはあったんじゃないのか。

ある意味『らしい』と納得がいく兼定と大倶利伽羅のやりとりの一部に僕が笑っていると、「何とかならないのか」と大倶利伽羅が真顔で僕に問いかける。

「何とかって言ったって……あんないい酒、いくら僕だってそう簡単には手に入らないよ。兼定は当然それをわかってるはずだし」

「とにかく何とかしろ」

「だから何とも……」

「他の人間に、光忠が泣いていたことなど知られたくない。俺のために泣くなとは言わないが、俺の前でだけ泣いていればいい」

普段そういうことをいうタイプには見えないし、どちらかといえば無口だし、あまり好きだのなんだのと積極的な愛情表現をするタイプではないんだけど。

時々、本当に時々なんだけど、無自覚な大倶利伽羅の言葉にびっくりさせられることがある。今回のように。

はぁ、なるほど。

大倶利伽羅の言葉に、しみじみと僕は実感してしまう。

「……確かに国広くんの言うとおり、だなぁ」

「何が」

「僕や国広くんら旦那側がバカ旦那って言われないようにもっと頑張らないと、カッコイイお嫁さんに逃げられるっていう話だよ」

僕の言葉に、バカバカしい、と大倶利伽羅は苦笑しながら肩を竦めた。

でも『お嫁さん』ってところを否定してこないところをみると、一応自分のことをお嫁さんの立場だと自覚してくれている、のかな?

僕が両手を伸ばすと、今度は大倶利伽羅が僕の腕の中に収まってくれた。

布団から上半身を起こした僕に合わせて腰を曲げるようにしながら傍にいてくれる大倶利伽羅に、僕はごめんね、ともう一度呟く。

「ごめんね、大倶利伽羅」

「……もう謝らなくていい」

「ん、ありがとう」

きちんと信じられなかったことも、任されたことを十分に出来なかったことも、いろいろと謝りたいけどもう謝らなくていい、と大倶利伽羅は僕に抱かれながら言ってくれる。

だからもう謝らないけど、二度と同じことをしないからという思いを込めてぎゅっと大倶利伽羅を抱きしめる。

自分がこれほどバカ旦那だと思ったことはなかったけど。

確かにこんなに素敵なお嫁さんが僕に信じてくれというのなら、その思いに応えるくらいのことは出来なければ旦那として傍にいる資格すらなくしてしまう。

悔しいけれど、大倶利伽羅が僕よりも男前でカッコイイことは認めざるを得ないからね。

「さぁて、どうやって百花繚乱を手に入れようかねぇ……僕も前に飲みたいと思っていろいろ調べたけどダメだったんだよね」

「そうなのか?酒なんてどれも同じだろう」

「そんなことないよ。それに僕も飲んでみたいしなぁ……元気になったら、調べてみるよ。そのときは僕の分も一本買おうっと」

「あぁ、そうだな」

何でもない会話も勿論楽しくて。大倶利伽羅が戻ってきたことを実感させてくれて。

僕の腕の中にいてくれるこの温もりをどんなことがあっても失わないようにしよう、と心に決めながら、僕は抱きしめる腕にぎゅっと力を込めて大倶利伽羅を抱きしめた。



[3] (無題)

投稿者: 銀朱 投稿日:2015年 2月 6日(金)13時10分38秒 FLH1Aay036.ngs.mesh.ad.jp  通報   返信・引用   編集済

「……やっぱり、僕がいく。僕が大倶利伽羅のところに……」

「無理です、お願いですから大人しく寝ていてください」

色素を失うほどに青白くなってしまった顔に目だけが爛々と光る、そんな顔でベッドの上から起き上がろうとする光忠を横で慌てて止めるのは国広だ。

普段殆ど使うもののいない小さな救護室は、今は何人もの連中が大小様々な怪我の手当のためにごった返す騒ぎになっていた。

敵と戦い勝利することは、ただ毎日繰り返される日課の1つ。

そう皆が思い気を緩め始めていた、その代償だったのだろうか。

直接敵に襲われることを想定していなかった本丸に、突如敵の一部と見られる連中が襲撃をかけてきたとき、主力のメンバーを部隊に編成して任務にあたらせていた本丸はそれぞれの部隊に急ぎ帰還するよう要請することしかできなかった。

第二部隊、第三部隊は基本的に遠征するための部隊。そのため一番本丸に近い場所で任務を行っていた第一部隊が先に本丸へ帰投することが慌ただしく決められたそのとき。

第一部隊は、本丸に襲いかかっている敵の部隊とはまた別の部隊に急襲されてしまった。

傷の手当が済んだものから順に足早に救護室を出ていき部屋に残されたのは光忠と、その傍に付き添っている国広の2人。

ベッドに縛り付けられるように大きな点滴を腕につけられた光忠は上半身裸の身体に腕、胸と大きな傷を塞ぐよう包帯をあてられている。

「光忠、国広、居るか」

カーテンで仕切られているそのベッドが置いてある空間に、不意に兼定が顔を出した。

第二部隊の指揮官として遠征隊を指揮して不在のはずの兼定の訪問に、2人は驚いたようにそちらに顔を向ける。

「兼さん、もう戻ったんですか?遠征は……」

「最初に本丸急襲の一報を受けた時点で、一緒にいってた小狐丸に部隊を任せて俺だけ抜けてきた」

「抜けて、ですか……」

「第二部隊全員で戻れるほど、早馬の用意が出来なかったんでな」

本丸急襲、の時点で嫌な予感がしたからよ。

そう呟く兼定は、自分の勘が当たってしまったことに苦笑と溜息をついて肩を竦めた。

何があっても、常に何処へでも迎えるように個人的に早馬を準備しているのは仲間の内で兼定ただ一人。

いつも大袈裟だとみんなの話のタネになっていたその早馬を使って戻ったという兼定の言葉に、自分たちの油断を思い知らされ光忠と国広はただ深く息を吐く。

「傷はどうだ、なんて聞く気はねぇ。そんな悠長な状況じゃねぇからな」

ふん、と鼻を鳴らして長く整えられた黒髪を手櫛でばさっとかきあげながら、兼定が光忠、と普段と何も変わらない口調で呼びかけた。

「光忠、大倶利伽羅の状況は大体聞いてる。最後にあいつと別れた場所の特徴をできるだけ詳しく教えろ」

「兼さん!今そういうことはまだ……」

「黙ってろ、国広」

声をかけられた光忠の青白い肌に噛み締められた唇だけが異様なほど赤く浮かび上がった。

その額に脂汗が浮かんでいるのを見て国広が兼定の遠慮のなさを咎めるが、兼定はその制止を意に介さず早く答えろ、と光忠に畳み掛ける。

第一部隊としていつもどおり任務についていた大倶利伽羅と光忠たちに敵の集中攻撃が行われたのは、本丸が敵襲を受けたそのすぐ後だった。

本丸からの救援要請と目の前の敵。

それを同時に突きつけられた大倶利伽羅は、仲間たちに信任されたリーダーとして光忠に一つの命令を下した。

大倶利伽羅が敵を引きつける間に、第一部隊を率いて本丸に戻り本丸に残っている仲間を助けるように、と。

結果、光忠が臨時の指導者となった第一部隊は敵に接近される前にその場から撤収、本丸に残っていた戦闘員以外のものたちを助けるため本丸へと急いで戻り敵を追い返すことに成功した。

ーーー大倶利伽羅の消息は、まだわかっていない。

指が白くなるほどぐっと強く握りしめた拳が震えている。

そんな光忠だったが、心配そうに見守る国広に小さく頷いてからゆっくりと口を開く。

「……僕も戻ってから何度も地図を見たけど、地図で地点を確認できるほどの大きな特徴はなかったよ、兼定」

「その現場で見たもの、でいい。近くに森はあったか?」

「森……いや、なかった。どちらかといえば大きな岩がごろごろしていて、敵はその岩に隠れて僕らを待ち伏せていたみたいで……」

「ふん……水の音が聞こえなかったか?もしくは小さな水たまりのようなものを見たとか」

「水……そういえば確かに……実際に目で確認はしていないから気のせいかもしれないけど……」

記憶を辿るように目を伏せた光忠に、今度は答えを急かすことなく兼定はじっとその答えを待っている。

「……変な話だけど、少しだけ湿度が高い気がした。その原因と直接関係するかはわからないけど、兼定が言うとおり水というか、何かそれに近いものがあったのかもしれない」

「わかった、それでいい」

「これが、何かの役に立つのかい?兼定」

光忠の縋るような声に、兼定はあぁ、と何でもないことのように頷き軽く肩を竦めた。

「俺ぁ今回お前らが任務に出かける前の先行隊で、あの辺りを何度か偵察してる。どの辺りで別れたかが分かれば、大倶利伽羅を迎えにいきやすい」

「……迎え……だったら僕もいく」

「お前は大人しくしてろ、邪魔だ」

光忠の怖いほどそれだけが光る目に涙にも見える光が浮かんだ。しかしその決意を兼定はあっさりと拒否する。

「怪我人うろうろさせてこれ以上行方不明者を増やせるか、バーカ。ちっとは冷静になりやがれ」

「だけど彼は僕の……!……君には僕の気持ちなんかわからない!」

「あぁわからないね、たかが戦場で別れたってだけで死んだとも確定してねぇ恋人想ってメソメソいじいじしてるようなやつの気持ちなんざ」

きっぱりと、しかし強い目つきでベッドの上の光忠を見下ろし兼定ははん、と鼻を鳴らす。

「じゃあ僕にどうしろっていうの!」

普段穏やかでいつも笑っている光忠が、まるで敵を睨みつけるような険しい表情で兼定を睨み返す。その横で光忠の身体を何とかベッドに寝かしつけようとする国広も、やはり兼定を非難するように兼定を見つめていて。

「……どうやらこの旦那連中はバカが揃っているらしいな」

兼定の呆れたような声と溜息に、しかし旦那連中、と言われた光忠と国広は少し驚いたように目を見合わせた。

普段誰かに聞こえるような場所で『旦那』などという言葉を使うような兼定ではない。

勿論この救護室に現在居るのはここにいる3人だとわかっているからの言葉なのだろうが、国広のことを、そして大倶利伽羅に対する光忠のことを『旦那』という表現で自分たちを抱く側の人間と認めたのだ。

そんな2人の戸惑いに気づいているのかいないのか、兼定は「4時間だ」と再び口を開く。

「俺が小狐丸に任せた第二部隊と、現在石切丸さんが率いている第三部隊は途中で合流し、本丸へ急ぎ戻ってくる。その2つの部隊がこの本丸に戻るのに、4時間」

「……だからそれが何だっていうの、兼定」

「いま本丸にいる連中の中で敵を蹴散らせるほどの実戦経験と力のある人間は少ない。その状況で本丸を4時間守りきらなければ、たとえ大倶利伽羅が戻ってきたって本丸ごとなくなってしまってる可能性もあるんだぞ」

本丸と仲間を頼む、と大倶利伽羅に任されたのはお前だろうが、光忠。

兼定の低い声に、光忠は俯いてーーーしかし先ほどとは違う表情で口を閉ざしじっと自分の身体にかけられたシーツを強く握りしめる。

「俺は本来、第二部隊を率いているはずだから4時間後にここに戻ってくるはずだった人間だ。つまり元々本丸を守る戦力としては誰も俺を認識してねぇ。その4時間で俺は大倶利伽羅を迎えにいってくる」

4時間しかねぇからさっさと行かねぇと、俺が第二部隊サボってたのがバレちまう。

悠然と笑う兼定に、「だったらぼくもいきます」と国広は光忠の手を握ったまま立ち上がった。

「兼さん一人で行かせることはできません。それに光忠さんが直接動けなくても、ぼくなら大倶利伽羅さんを助けにいけますから」

「だからお前もバカ旦那だといってるんだ、国広」

容赦の無いほど歯切れのいい口調で、兼定はばーか、と国広の意見を切り捨てる。

「いま本丸に残っている連中には実戦経験がない訓練生も多い、といったはずだーーー実戦経験豊富な光忠たち第一部隊は戻ってきてすぐに前線で敵と戦ったばかり、疲れもたまっているし光忠みたいに深手を負っている連中もいる。その中で、光忠さんカワイソー兼さん一人で行かせるのはイヤデスーってお前は何してんだ、国広」

「兼さん……」

「怪我もしてねぇ、実戦経験は残った連中の中でもトップクラス。だったらさっさと元気な連中をまとめて周りを見回って、主力である第二第三部隊が戻ってくるまでこれ以上の犠牲を出さねぇようにきっちりみんなを守ってみせろ」

決して声を荒らげ怒鳴り散らすわけでもない兼定の声に、それでも叱咤されたように国広は唇を噛み床に視線を落とした。

まるで仇敵でも見ていたかのように自分を睨みつけていた2人のそれぞれの変化に、兼定は「このバカ旦那コンビが」ともう一度溜息をついて顔にかかる前髪を面倒そうに手でかきあげる。

「俺が大倶利伽羅を連れて帰ってくる。だからその間、お前らはそれぞれが出来ることをやって俺らの帰りを待ってろ」

それじゃ、とあっさりと手をひらりとして兼定は2人に背中を見せた。

大丈夫だとか心配するなとかそんな声を掛け合うほどのことはない、ただ仲間を一人迎えにいくだけのこと。

普段と全く何も変わらない兼定の背中がカーテンの向こうへ消えていくのを見送って、光忠は国広にごめんね、と声をかけた。

いつもよりは多少疲れがたまっているが、それでも冷静さと柔らかさを取り戻した光忠の優しい声に、国広もこちらこそごめんなさい、とぺこりと頭を下げる。

「……怪我をしていても指揮は取れると思うから、僕は指揮官室に行くよ。申し訳ないけどそこまで付き合ってもらえる?国広くん」

「勿論です。指揮官室まで光忠さんを送ったら、ぼくは見回りにいってきますね」

「無理はしないで。一人で戦おうとせず、まずは敵の勢力を正確に僕らに報告して欲しい。君が倒れてしまったら本丸を守れる人間が減ってしまうし、何より僕は兼定に合わせる顔が本当になくなってしまうからね」

腕に巻かれた点滴を移動用のキャスターにつけて立ち上がり、光忠は手当をされた身体にいつもの服を身につけていく。

その姿を見ながら国広は自分の両手でぱしんと自分の頬をひっぱたいた。

国広の突然の行動と赤くなった頬に驚く光忠に、国広は気合を入れなおしただけですよ、とどこか吹っ切れたように笑う。

「このままじゃ本当にバカ旦那、って思われちゃいますからね。かっこいいお嫁さんに逃げられないよう、頑張らないと」

「僕も、こんなところでウジウジしていたのがバレたら大倶利伽羅からバカ旦那、って言われるのかな」

「ふふ、そうかもしれませんね?案外大倶利伽羅さん、言うときはぼそっと言いそう」

「それは当たってるよ、国広くん。大倶利伽羅ってあれで案外『バカ』とか『何考えてるんだ』とかぼそぼそ言うんだよ。普段は無口だから、余計にその言葉が染みちゃったりするんだよねぇ」

いつものように楽しそうに、光忠は大倶利伽羅のことを思い出して笑い始める。

思い出としてではなく、また数時間後に再会したときに繰り返される日常の一部として。

「さて、バカ旦那コンビ、いきましょうか」

国広に声をかけられ、怪我をした身体を庇うために国広の肩を借りた光忠はそうだね、とまた笑い。

2人はそれぞれに与えられた仕事を果たすため、また歩き始めた。


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